10ー2
――九月。それが全ての始まりだった。
私はその日、自らの余命を知らされた。腐敗するような暑さが残るなか、淡々とそれを告げられる。
「卒業を同時に私の決めた相手に嫁いでもらう、――いいな?」
朝の陽光が痛いほどの暑さを作り出す。だがそれも空調が効きすぎているせいか、ここでは寒いくらいに感じる。
始業式の朝、食事を取る私に父の御手洗美鶴はそう告げた。
周囲の雑音が一気にクリアになる。テレビでは8年前の通り魔事件の話題で持ちきりになっていた。キャスターが熱弁しているなか、キャスト陣が持論を述べている。
それに一切興味を示すこともなく、彼は私を見据える。
父は名のある実業家で、若くして会社の取締役に抜擢するほどだ。だから娘の結婚相手を決めることも、父にとっては当たり前のことなのだろう。
ショックは大きかった。でも、幼少期から父の飾りとして育てられてきた私に、拒否権などなかった。
しばらく黙ったままでいると父の睨むような眼光が突き刺さった。胸が張り裂けそうになる。こういうとき、母は何も言わない。彼女は私のことなどどうでもいいのだろう。
「進路のことだが、学校には私から連絡を入れておく」
追い打ちをかけるように父の忠告が刺さるが、私の耳にそれは届かなかった。
「お前は何もしなくていい」
ただその一言だけが、延々と頭のなかで繰り返される。携帯が鳴った。おそらく秘書の石桐さんだろう。父は無駄のない動作で、朝食を片付けその場を去ってしまった。
「……はい」
ようやくに口に出た声音は、誰にも届くことはない。死んだような空間で、人形のように無感情な私。鏡で写したら、いったいどんな顔をしているだろうか。
希望のない世界で私は今日も退屈な1日を過ごす。ため息と同時に報道陣の笑いがどっと響いた。
それが、どうしようもなく耳障りでならなかった。
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