第49話 寂静

「セヴェーロの王位継承を見届けたら」

 と、リーンハルトは言った。

 見た目にはそれ程の変化は感じられなかったが、手に痺れが残り力が入らないという。

「故郷に帰るよ」

 リアリストのセヴェーロはその言葉を容易く受け入れたが、ヴィルフリートは何かと引き止めた。

「リーンがいないと騎士隊が寂しくなりすぎます、お飾りでも戦わなくても事務専門でもいいから、なんとか残れませんか。エルンストさんみたいに城内に残る役でもいいですから」

 ヴィルフリートは毎日のように言っていた。

「そういう訳にもいかない」

 リーンハルトはそう返していた。


 そんなやり取りを何度か繰り返して、

「稽古をつけてくれ、ヴィルフリート」

 やがて辟易したリーンハルトからそう提案し、二人は立ち合う事になった。

「いいですよ! でも、稽古なら僕がリーンにつけてもらう立場です」

 そう言って始めは嬉しそうにもしていたヴィルフリート。訓練場で木剣を構え二人対峙した時は、少し笑ってもいた。

 しかし幾度か木剣で打ち合ううちに、リーンハルトの後遺症の重さを知った。

 傍から見ていたユリウスは、ヴィルフリートの表情が二撃、三撃と打ち合う毎に曇っていくのが分かった。衰えた力を理解出来てしまっていたのだろう。


「ヴィル、リーンハルトさんは……」

 ユリウスも、リーンハルトを引き止めたかった。彼が珈琲を飲む動作を見て、握力が低下しているのも気付いていた。それでもいつか回復するものだと信じていた。

 立ち合ったヴィルフリートの顔を見て、それが叶わぬ事だと悟った。

「いえ、いいんです。今生の別れという事ではありませんし……また、会えますから」

 寂しそうな顔をしていた。

 ユリウスは想う。自分の知らない時間を過ごした彼等の事を。

 きっと数限りない戦いを共に駆けてきた。その密度は濃いのだろう。

 だとすれば。

「私、隊長のところへ行ってきます」

 セヴェーロも、自身を納得させなければならない。




 そのセヴェーロは自室ではなく、食堂にいた。

 厨房から持ち出した砂糖やら牛乳やらをテーブルに並べて、羊皮紙のメモ書きを見ている。

 一人食堂にやって来たユリウスに気付くと、立ち上がった。

「いいところに来たね、ユーリィ」

「……何してるんですか?」

「何か作ろうと思ってさ」

 言われてテーブルの上を見るユリウス。確かに何かを作ろうとした形跡はあるが、何かが出来そうな状態にはない。乱雑に散らかっている。

「小腹が空いたのなら私が作ります。“王様”の仕事じゃありません」

「そういうの好きじゃない」

「好きじゃないって……?」

「全部他人任せで、威張ってるのは、さ。」

 セヴェーロは、テーブルに視線を戻した。

「ユーリィ、君が教えてくれればいい。俺は寛容な王でいたい」

「そんな命令じみた言い方で寛容と言われましても……」

「そう命令さ。“王様”の仕事だろう?」

「……」


 あまり気分の乗らないユリウスだったが仕方無く、厨房から材料と道具を追加した。

 手近なところにあったエプロンと三角巾を着けると、セヴェーロも真似してそれらを着けた。

「なんだい?」

「いえ、別に……」

 凝視するのは悪いと思うが何処か可笑しい。慣れていないのがひと目で分かる程エプロンも三角巾も傾いている。

 だから尚更、菓子を作る事を思い立ったセヴェーロの気紛れを不思議に思った。

「それにしても隊長、食べる物なら他にもあると思いますけど」

「俺が食う訳じゃない」

「? なら誰が」

「リーンハルト」

「!」

 意外な事を言う、と思った。

 とすればこれは、友人への贈り物。セヴェーロが彼なりに考え、リーンハルトが去る日を想い最良とした答え。

「餞別にさ。食の好みのわかんない奴だけど、多分喜んでくれるだろうさ」

「……」

 ユリウスは少し考えてから、

「……なら、リボンとかも付けるといいですよ」

 今までの意趣返しという事でもないが、僅かな悪戯心からそんな言葉が口をついた。

「それはいい考えだな、君が結び方を教えてくれるなら」

 変わらぬ態度でセヴェーロがそう言うから、

「ぷ……」

 と、ユリウスは遂に吹き出してしまった。

「あはははははははは!」

「な、何!? 何か変な事言ったかい?」

「だって……」

「?」

「女の子みたい」

「な……!」

 セヴェーロが、珍しくたじろいでいた。





 訓練場に戻るとヴィルフリートはリーンハルトと話し込んでいた。

 木剣を片手に、熱心な様子だった。


 やがてリーンハルトが離れてから、

「何を話ていたんですか?」

 ユリウスはヴィルフリートに訊いた。

「技を」

「技?」

 ヴィルフリートは右腕をユリウスの目線に上げた。

 リーンハルトから貰ったのか、鉄の手甲をつけている。

「僕は片手だけで剣を扱う事が多いから、どっちも有効に使えるようにって。実践出来るかはまだ分かりませんけど」

 寂しげだった顔は涼やかな笑顔に戻っていた。

 以降、リーンハルトを引き止める事は無くなった。

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