第48話 霧幻
反国王派が完全に壊滅した今、ファルイシアを落とす策は失われたも同然である。
バーデの大公は、焦っていた。築き上げた奸計はもう形を留めていない。
「大公、いかがいたしますか?!」
側近が訊く。大公は半ば自棄になり、
「決まっている! 国境に兵を……」
言いかけたが、首筋の冷たい感覚で口を閉じた。
「盗賊の親玉が、大公などとは随分と出世しましたね」
気がつけば、そこに立っていた筈の側近は喉から血を流して床に倒れている。
死んでいる。声一つ上げなかった。
「き、貴様は……ファルイシアの者か……!?」
「はい」
はっきりと言う。声には緊張も恐れもなく、ただ残酷さに徹していた。
「私は貴方様の父君と“ちょっとした”旧知でしてな……。昔ファルイシアの城で遊んであげたのです。ところが貴方様の父君はとんだ怯懦者でしてな、皆殺しにされている仲間を見捨て、一人逃げ帰りましてな」
首筋の感覚の正体に気づいた。木製の柄の、折りたたみ式カミソリの刃。
「またこれ以上我が国に迷惑をかけるようであるならば……この首、掻き切ってしんぜますが……如何ですかな?」
カミソリ、ジュストコール、そして凍りつくほどの冷たい視線。父から聞いた事がある、ファルイシアの悪夢。
流れの盗賊だったときの事。ファルイシア城内に押し入ったが、たった一人の少年に切り刻まれた――。
「い、いや、いい……もう手を出さない、約束しよう」
「それから」
「それから……?」
「領土を頂きましょうか、ケルラウ側上流部の山岳地帯をまるごと」
「は? 馬鹿な、あそこは重要な作物栽培地域で……」
首筋に刃が当てられた。どうあっても、意見など聞いては貰えそうになかった。
「クソ……貴様ら。そんなやり方だから、敵ばかり作る……」
「……」
「……いや、わかった……それも約束しよう……」
そう言うと、気配は消えた。
✥◆◇✚◇◆✥
「目、目覚めてたならなんで声をかけてくれないんですか!」
などとユリウスに言われ、
「……すまない」
と返すが、リーンハルトに反省の色は見えない。むしろ嬉しそうにすらしていた。
からかわれている事が分かっていたが、言葉少ないリーンハルトを責め立てる語彙が浮かばない。
だから胸元を小さい手で何度も叩く以外にしようがない。涙が渇くのも待たず笑う他なくなった。
リーンハルトは暫く月花を眺めた後、自分の呼吸を確認し、医師の元へと向かった。
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