第46話 月光

 ――ささやかに咲く花に囲まれていた。

 リーンハルトはその景色を暫く眺めていたが、やがて一人の男の存在に気が付いた。

 バルコニーの端、青銅色の椅子で眠る一人の男。

「……ハインリヒ」

 そう呼ばれると、ゆっくりと瞼を開いた。

「……リーンハルトか……どうしてここに?」

「……」

 どうして、と問われ、上手く答えられない。

「…………全てが終わったので」

 そう、曖昧で掴み難い言葉で答えを濁すと、ハインリヒは優しく微笑んだ。

「なんだ、大きな事を成し遂げたつもりでいるのかい? 長いファルイシアの歴史の中で、幾度となくあった戦いを一つ終えただけだよ」

「それでも、命を懸けるに値する事だった」

「違う」

「……?」

「君は僕の妹を、大切に想いすぎている」

 それは要領を得ない言葉だと思ったが、しかし心を読み当てられていた気がした。

「……仲間ですから」

「命を捨てれば全てが終わって、ユリアーネは穏やかに生きていける。そう思っているのだろうけど、そんな事はないよ。泣き虫な彼女はきっと泣く。わんわんと泣き叫ぶ。僕は知っている」

「それでも、傷はいつか癒えますから」

 淡い光の中に咲く、

「人もいつか死ぬ」

 月見草の様に。

「だけどリーンハルト、それでも人は終わりゆくものに抗う。散る時を待つだけの咲ききった花に、水を与える様に」

「……貴方は――」


 記憶の中のハインリヒと何も違っていない。

 ハインリヒはきっと知っていた。リーンハルトが彼の父を斬った事を。

 だからリーンハルトはいつも怯えていた。後ろから斬られるのではないのかと。


 嫌われるのではないのかと。


「優しいからこそ、私は惑う。赦されるのが、何よりも辛い」

 ハインリヒは、相変わらず優しく微笑んでいた。

「そうさリーンハルト、だからこそ僕は君を連れて行かないだろう。その先に安らぎがあるとしても。心が救われるのだとしても。癒えない傷がある事も、君は知っているのだから……」

 月の、光の中にいた――

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