第45話 花葬

 十六夜月が、東の空から淡く照らしていた。

 馬はユリウスの惑いを知っていた。いつもより足取りが遅い。


 跳ね橋の前で馬から降りて立ち止まる。

 少し、目を閉じて、兄が死んだ日の事を思い出した。あの日は終夜、月が雲に覆われていた。




 跳ね橋を渡り城門をくぐり、広いエントランスホール。

 端に、二階バルコニーに上がる大階段。一瞥して、通り過ぎた。


 療養室に向かった。

 そこにいてくれるのなら、彼の傷は治るのだろう。


 窓が開いていた。風が吹き込んでいたが、月は見えなかった。

 微かに珈琲の匂いがしたが、誰もいなかった。


「ユーリィ」

 回廊で呼び止められ、振り返った。

 セヴェーロがいた。

「今日はもう、休んだ方がいい」

 いつもよりも、静かな口調。

「……一晩眠れば、傷は塞がるのでしょうか」

「心が落ち着くさ」

 セヴェーロは手を伸ばし、ユリウスの頬に触れた。

「医師にも診てもらうべきだ。ユーリィ、君も傷ついている」

「……ありがとうございます。でも、どうしても今日やらなければならない事がありますので」

「そうか……」

 セヴェーロは俯いて、軽く息を吐いてから、背を向けた。

「また、明日」

「はい」

 明日、と、言った。




 それからまた歩いて、中庭に差し掛かった頃。

「あっ……ユーリィ」

 ヴィルフリートに会った。

 全身に傷を負っていたヴィルフリート、四肢に巻かれた包帯には血が滲んでいた。

「……ヴィルは、まだ休まないのですか?」

「もう少し、風に当たってから」

 ユリウスは立ち止まっていた。

 ヴィルフリートは、立ち止まる事を望んでいる。そう、感じ取れていた。

「ユーリィはどうしますか?」

「どうしたらいいでしょうか」

 逆に問われて、ヴィルフリートは答えに窮さない。

「君が、後悔しないようにしたらいい。誇り高くある為には、立ち止まって振り返らなければいけない時もありますから……」

 いつものように、涼やかな言葉をかけてくれた。




 ヴィルフリートと別れて。

 ユリウスは、また一人になった。

 歩いていた時間は長いようで短く、広い城内の全ても見周ってはいない。


 足はすぐに二階バルコニーへと向かい、階段下。

 惑いながら、一段ずつ上った。




 ――水の音が聞こえた。如雨露からささらぐ、柔らかい水の音。

 人がいる。

「…………やっと、見つけました」

 外に付きだしたバルコニー、月光の下。

 月見草が咲いていた。それは、朝になれば萎むのだろう。

 その中で。

 ささやかに咲く花に囲まれ、銀髪の騎士は眠っていた。


 息もせずに

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