第44話 時雨

 ――決死の戦いを、ユリウスはよく覚えていない。

 ルーペルトの剣を恐れず、鞘すら砕かれてもなお向かい続けた。自分が逃げれば全員死ぬと分かっていたからだった。

 それでも、力及ばず。

 気付けば地面に転がされいたユリウス。

 頭上に、ルーペルトの剣が振り上げられていた。

(あぁ……)

 身体が動いてくれない。

 この場にいたのが“兄”だったのなら、きっと勝てたのだろう。

 しかし自分は騎士ハインリヒではなく、助けてくれる兄はもういない。

(死ぬんだ……)




「ユーリィ」

 声がした。

 聞き慣れた声だった。

「リーンハルト……さん」

 振り下ろされたルーペルトの剣。

 倒れたユリウスの視線は、天井ではなかった。リーンハルトの右腕の手甲が、ルーペルトの剣を受け止めている。

「ルーペルト……!」

「……その傷で……どうして生きている…………何故ここにいる、“隊長”……!!」

 リーンハルトは、ルーペルトの剣を手甲で弾く。

 ルーペルトは両手で持っていた剣から右手を離し、懐に向かわせる。ナイフを取り出すつもりでいた。

 だがそれよりも速く、リーンハルトは、右手で持っていた剣を“左手”に持ち替えた。淀みない、訓練された動き。

 体勢も崩されているルーペルトは、もう、回避も防御も間に合わない。

 リーンハルトの細身のロングソードが、ルーペルトの右肩口から背までを貫いた。

「……眠れ、もう」

「まだ、俺は……」


 ――子供の頃に眼に焼き付けた、騎士達の強さを。

 ――“獅子の心”を持って、故郷を平定し支配下に置いたあの王を。


「……殺していない……のに……」

 リーンハルトは勢い緩めず、ルーペルトを貫いたまま祭壇前にまで押し込んだ。

 倒れたルーペルトは、絶命していた。


 やがて、残る六人の敵も討ち倒された。

 ルーペルトの死で戦意を無くした敵は、驚くほどに脆かった。






「帰ろうか、ユーリィ」

 倒れているユリウスにセヴェーロが言ったが、

「……いえ、後から追いかけます。先に治療に戻ってください。隊長達の方が、傷が深いですから」

 ユリウスはそう返した。

「……」

 セヴェーロはユリウスに手を伸ばしたが、触れずにその手を戻した。ユリウスには、少しだけ時間が必要な事を知っている。

 ルーペルトが、ハインリヒと同じ傷で死んでいる。


 外は既に、雨が上がり月が見えていた。

 一時的にケルラウ川を増水させ、敵軍の侵攻を防ぐためだけに降ったかのような雨。




 ――それから半刻後。

 ユリウスは、祭壇の前に立った。眼下にはルーペルトの亡骸。

 ステンドグラスの淡い光の中で、涙は流れなかった。

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