第41話 ――Bruchstücke,Lienhard=von=Sternberg

 二年前のその日。

 日の出の頃から霧雨が煙る、少しだけ寒い日だった。

「遠慮しなくていい。僕を斬れ」

 ハインリヒは、ステンドグラスの淡い光の中にいた。


 ――違う、ハインリヒ。斬られるべきは私のほうだ。


「この作戦を提案したのは僕だ。大陸極東部の血を引く僕なら、彼らに取り入れると……」


 ――決定したのは、隊長である私だ!


「……僕が、反国王派の組織に潜入したのは……」

 離宮奪還時における、致命的な情報の不足。

 ルーペルトの裏切りと、シュバルベンシュバン卿の戦死。

 その失敗を繰り返さないための、潜入工作作戦だった筈。

「復讐のためだったんだよ」

 ハインリヒは、自分の妹に出自を教える事はなかった。大陸東部出身であるが故に反国王派に与した、両親と同じ轍を踏ませたくはなかった。

 その両親は、騎士隊に殺された。手を下した騎士の中にはルーペルトもいた。戦場で出会った瞬間、ルーペルトは“反国王派”である事を悟られぬよう遅疑なく斬り捨てた。

 ルーペルトはずっと、裏切るタイミングを図っていた。騎士隊の誰にも、気付かれる事なく。


 ――なればこそ今は! 貴方が間者である事を悟られぬために、私を斬ればいい! あの場には私も……。




 “二人の子供がいる”と言った夫婦。

 利用されて、捨て駒にされただけだと知っていた。

 ルーペルトが女を斬った。

 男は、折れた剣を半狂乱で振り回していた。一太刀の元に斬り捨てた。




「奴等の潜伏場所を各個潰していけた、それで作戦は成功でいい。ルーペルトは僕を疑い、君を斬れと言った。僕が間者である事が露呈すれば……」

 ハインリヒが、剣を抜いた。

「……ユリアーネにも、危険が及ぶだろう」

 そのまま、二人は対峙した。時間にすれば百秒にも満たないのだろうが、二人にとっては、季節が一巡するほどの長さに感じた。

 菜の花が春と雨を呼び 百合が雨季の終わりと夏の始まりを告げ 紫花が秋を吹き込み 雛菊が冬の世界と雪の優しさを連れてくる そんなただ一瞬の四季が終わる頃

 ハインリヒが、一歩踏み込んだ。

「僕を斬れ――“リーンハルト”」

 霧雨に濡れた月見草が、花を落とした。

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