第35話 落陽

 十日が過ぎ、ユリウスは自由に歩けるようになった。痛みも和らいだ。

「ユーリィ」

 中庭で木剣を素振りしてると、ヴィルフリートから声をかけられた。

「ヴィルフリートさん……」

「ヴィルでいいですよ、ユーリィ」

 言いながら、歩み寄った。

「少し、出ませんか?」


 ヴィルフリートと二人で城下へ出た。

 正午過ぎ、日は高いが疎らな雲に陽光は遮られていた。


 街は隣国との関係悪化を感じさせず、普段通りの活気づいた日常が営まれていた。

 馬車や商人が闊歩し、人や物が行き交う。

 そんな石畳の街道、市場を歩く。

 二人は時々雑貨屋を覗いたり、軽食を取ったり。

 会話は、それなりに続いた。

「仕事で、辛い事はないですか?」

 紅茶を買った店先で、そう訊かれた。

「いえ、誇りを持ってやっていますから」

「それでも、気付かないうちに気を張り続けていたりするものですよ。僕も今日は気分転換ですし……勝手ですいませんけど」

「そんな事……私もちょうど、外の風に当たりたいと思っていましたから」

「……」

 ヴィルフリートは紅茶に口をつけていない。

 ユリウスが思うに、彼は香りだけに依っている。


 ――雲間から、光が、零れた。

「ユーリィ」

 彼の顔を見た。

 涼やかな顔だった。

「一緒に、来て欲しい」


 そう言われて。

 連れてこられたのは、街外れの路地の裏の奥の奥。

 風の抜けない吹き溜まり。

「ヴィル、ここは……」

「……」

 無言で歩き、廃屋のような薄暗く汚れたレンガ長屋の前にまで来た。

 ヴィルフリートは、腐りかけの木の扉を開いた。

 室内は住むには適さないと思う程埃臭かったが、部屋の奥に人がいた。

 乱雑に散らかった家具と食器の隙間に座る、痩せこけた壮年の男。

 傍らには芥子の実が落ちていた。

「来ると思っていたよヴィルフリート。辿り着くまでに仲間を何人斬った?」

「斬ったのは、四人。だけど仲間ではありません」

 無遠慮に上がりこんでヴィルフリートは男の前に立つが、男はそれを咎めない。むしろ、待ち望んでいたかのような反応。

 その右手は、剣に触れていた。

「同じ騎士隊だろう?」

「三人は、正式に入隊すらしていません」

「見た目よりも冷めているな……」

 男が、立ち上がった。壁に立てかけられていた錆びついた剣を拾い上げ、鞘から抜いた。刃渡りの短い、ショートソード。

「騎士ヴィルフリート。お前の親父は……」

 それを見たヴィルフリートも、剣を抜いていた。その長い刃は、狭い室内では不利に見えた。

「……強かったよ」

 先に一歩踏み込んだのは、男のほうだった。切っ先鋭く疾い横薙ぎを振るうがヴィルフリートには見えている、刃を柄で弾いた。と同時にヴィルフリートは重心を下げ、前傾姿勢となり男の懐に入り、太刀筋が限られた状況で尚も下段からの最短距離を斬り上げた。

 男は、退がりながらも二撃、三撃とその剣を防ぐ。が、そもそもの実力が違うのだろう。やがて追い詰められ、壁に背がつくと同時に右腕を斬り落とされた。

「……殺せよ」

 男は言うが、

「訊きたい事があります。……尋問は、芥子から覚めてから」

 すぐには、殺さない。




 ――何処で手に入れて、何処に流す?


 外の日が落ちてから行われた尋問は、拷問と言って差し支えなかった。

 芥子の鎮痛効果が失われた男は全身を切り刻まれ、苦痛に顔を歪ませていた。

 それでも何も喋らないとしていたが、一刻もした頃に口を滑らせ、それから心臓を刺し貫かれた。

「……」

 ユリウスは、終始何も言えずにいた。その行為が必要である事を理解し、しかしそれしか方法がなかったとは思いきれない。

 ヴィルフリートは男の言葉通り室内を探し、隠し部屋からいくつかの手紙や書類、メモ書き等を見つけた。それらは芥子密輸密売の証拠となり、バーデの関与も証明されるのだろう。

「ヴィル……どうして、私を連れてきたのですか?」

 やがて、そんな言葉が口をついた。

「どうしてかな……」

「……?」

 ヴィルフリートは一度はユリウスの顔を見たが、すぐに反らした。

「君には、僕がどういう人間かを知って欲しいんです……何故かは自分でも分からないんですが、君には、本当の自分を隠したくないと思うんです」

 ユリウスはその言葉に、胸が抉られる思いがした。顔の返り血を拭きもしないヴィルフリートを恐れるよりもむしろ、自分を恥じていた。

 それでもなお、偽る事から抜け出せない。




 二人、外に出た。

 夜の街を帰路に着く。

 ヴィルフリートは、無言で前を歩いていた。

(気にしているのだろうか……)

 ユリウスは思った。自分のためになら、気を病んでほしくはない。

「ヴィル……」

 街の中で、ユリウスが呼んだ。

 ヴィルフリートは足を止め、振り返っている。だがユリウスは、何を言うか考えていない。

「あの……汚れてしまいましたね」

 そんな、取り留めのない言葉しか思いつかなかったが、ヴィルフリートは笑顔を見せてくれた。

「そうですね、あの家、かなり埃っぽかったですから」

「はい」

「せっかくですし、お風呂に行きましょうか」

「はい…………え?」

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