第34話 呼応
城内で最も広い空間。上階までの吹き抜けで、高い天井からシャンデリアが吊られている。
装飾の施された壁面、そして大理石の九段の階段の上に据えられた玉座。
王が座っている。その隣には護衛のためにエルンストが立っていたが、セヴェーロとユリウスが入室すると王に促され退室した。
「遅かったな」
「彼に泣きつかれましてね」
王はユリウスを見たが、すぐにセヴェーロに視線を戻した。
ユリウスもセヴェーロも、王の前で礼法通りに片膝をついて目を伏せている。ユリウスは、杖を背後に置いた。
「……いつまで、騎士でいるつもりだ?」
「いつまでもです。セヴェーロ=ベルトランドは騎士として生き、騎士として死にます」
「母の姓など名乗りおって……」
セヴェーロが顔を上げた。王と視線が重なる。
「母が気に入りませんか? 他国の町娘の血を引く俺を、嫌っていますか? 離宮に幽閉する程に」
「そういう意味ではない……そういう意味ではないんだ。セヴェーロ、本題に戻そう。先日の会談は失敗だったが、私がこうして無事に帰れたのはお前の功績だ。褒美をやる、望むものを言うといい」
「王ならば褒美を賜りません」
「……王になってくれるのならば」
「望みというのなら、ずっと騎士でいる事が望みです」
「それは与えられないな。他のものにしろ」
「与えられなくとも、そうします。ハインリヒとの約束は果たします」
セヴェーロは立ち上がった。
「褒美など、欲しくはありませんから」
そしてそのまま踵を返し、王の間を出て行ってしまった。
思いの外呆気無い父子の会話に、残されたユリウスは、どうすべきか決めかねた。
「ユリウスだったか」
王に名前を呼ばれ、顔を上げる。
「は、はい!」
「騎士はすぐに入れ替わる……名前を覚えるのが大変でね」
「……」
「…………騎士は、すぐに死ぬ……」
王は、視線を落とした。ユリウスの右足も一瞥していた。
「自分の息子を、いつまでもそんな場所に置いておきたくないんだ」
弱々しい声だった。そんな言葉を相手の顔を見ずに言うところは、セヴェーロによく似ていた。
「いや、騎士であるお前には言うべきではないな。気を悪くしないでくれ、私の身勝手な心情だ……だから、聞かなかった事にしてほしい」
「陛下。私は……いえ私だけでなく、リーンハルトさんも、ヴィルフリートさんも……きっと、隊長を死なせはしません」
王が顔を上げた。
「そう言ってもらえるだけでもありがたい。私はこう見えて生来臆病者でね……弱音を聞いてくれる
「私なんかで良ければ、いくらでも聞きますが……」
「“セヴェーロ”という名前は、私がその臆病さを克服する切っ掛けになった男の名前でね。勇敢に育って欲しいと願い息子につけたが、勇敢すぎて前線を好む。上手くいかぬものだ。国を護ると息巻いている、本来は護られる立場なのにだ」
「……」
「国防は他の者に任せ、王には王の職務があるというもの。奴が無理に騎士で居続ける必要などないというのに」
いくらでも聞く、と言った手前あまり反論はしたくなかったユリウスだが、聞いていて何か、釈然としない。
「息子が騎士として戦ったところで、何を得られる訳でもない。そんなものに執着するなど……」
自分のような人間が王に意見するなど分を弁えぬ事とは分かっている。
しかし騎士、そしてセヴェーロのしている事を否定するというのなら、
「……悪い事とは思いません」
そこだけは、正しておきたかった。
そんなユリウスの言葉に、王は目を見開いた。
「隊長はただの反抗心ではなく、誇り高く戦っています。いずれ王の座につくとしても、騎士としてなんら欠けるものはありません」
「……」
「……まあ、若干、イタズラ心が強いですけど……」
「……驚いたな」
「?」
「私に臆さず意見するところは、私の二人目の妻によく似ている。息子が目をかけるわけだ」
「そ、そうですか……」
お咎めなしな事に安堵はしたが、かけられた言葉が意外過ぎて上手く咀嚼できない。
「そんなお前になら頼める、息子の隣に立ち護り続けてやってくれ」
「もちろんです、騎士隊が戦う時には隊長とともに……」
「いや違う」
「……?」
「騎士は王を護るのが仕事だ。同じ騎士を護るのが仕事じゃない」
「……ど、どういう意味ですか?」
「いつかセヴェーロが王になった時に、君が隣で彼を護ってやってくれ、という事だ」
「え? あ、はい、もちろんです」
「私の、一人目の妻のようにな」
「はい。…………え?」
「話は終わりだ、出て行くがいい。頼んだぞユリウス」
「は、はい!」
ユリウスは立ち上がり、敬礼をし、王に背を向けた。
最後のほうは何かいまいち話が飛躍したようにも感じたが、王の言葉の真意全てを理解する事はできなかった。
出口へ向かい数歩のところで杖を思い出し、拾いに戻り、それから王の間を出た。
「よし!」
扉を閉めてユリウスは力を入れた。何を決意したという事でもないが、とにかく気を強く持とう、と思った。騎士として王に心労をかけるなどあってはならない。
そしてセヴェーロを追いかけるためにユリウスは走り始めた……その直後。
「ユリウス」
「ひゃっ!?」
部屋の扉のすぐ前で、背後からの声。振り返れば、やはりセヴェーロだった。
「い、いたんですね……」
「いたさ」
壁によりかかっていたセヴェーロは、ユリウスの前に進み出た。
「話聞いてたよ。父さんには呆れた、俺には本音を言わないのに君には言う。どうかと思ったよ」
「でも聞いていたのなら分かる筈です、陛下は貴方を……」
「決めた」
セヴェーロ身を翻し、ユリウスのほうへと向き直った。
明るい表情だった。
「俺は王位を継承する」
「!」
だけど何処か、悲壮に見えた。
その決断が簡単じゃなかった事をユリウスは知っている。それでもきっと、父である国王との確執が少しは解消されたのだとしたら、それなら良かった。
「ハインツとの約束をちゃちゃっと済ませたら、ね。騎士隊はいつだって俺の味方だしさ。君もずっと俺の隣にいてくれるんだろ? なぁ、“ユーリィ”」
セヴェーロは微笑を浮かべたままユリウスを見た。いつもの、悪戯っぽい顔。
「はい、もちろ……」
と、違和感なくその言葉を受け入れたが、すぐにハッとした。
「て、そんな……“ユーリィ”って……!」
「なにか問題かい?」
「だって、そんな……」
――そんな、可愛らしい呼び方……。
「そう? 似合ってると思うけどな」
などと意地悪気に言って、セヴェーロは上機嫌で歩いて行った。
それから会議の時間になり、騎士隊たちは療養室に集まった。
リーンハルトの傷がまだ塞がっていないため、近頃は会議を療養室で行う事が多い。
「ルーペルトの情報を集める」
今の騎士隊の最優先事項はそれだった。だがその情報がまだ不足しているのと、リーンハルトが戦えない状態である事もあり騎士隊は動けない。
故に、特に進展はなく会議は終わる。
「ゆっくり傷を癒やしなよ、リーンもユーリィも」
会議の終わりにセヴェーロがそう言ったの聞いて、ユリウスはすぐに
「だから、その呼び方は……」
と言いかけるが、
「ユーリィ? いいですね!」
ヴィルフリートがまず賛同し、
「呼びやすいな、ユーリィは」
リーンハルトも肯定的だった。ユリウスは仕方なくエルンストに助けを求めるが、相変わらず黙っている。
多分、寝ている。
「……そうですか、ならいいですよそれで……」
ユリウスは渋々、その呼び方を受け入れた。
「こんなに早くセヴィに信頼されるなんて、良かったですねユーリィ」
ヴィルフリートは早速その呼び方を使う。
「……よかったかどうかは分かりませんけど……」
「良い事ですよ! セヴィは、信頼できる相手しかニックネームで呼びませんから」
「そう、なんですか?」
その言葉が本当なら、それはセヴェーロが自分を騎士隊の一員として、そして仲間として認めてくれた証なのだろう。
しかし。
(女の子みたいな……)
そこが少し、やはり、むず痒い。
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