第32話 空言
ユリウスはまだ、セヴェーロの事を理解しきれていない。彼がその心理の奥底にある最も脆弱な部分をユリウスに晒していないためであるが、それが暴かれる事を望んでいるようにも、恐れているようにも感じる。
自信家を装うセヴェーロが僅かでもそれを見せるときは、相手を真っ直ぐには見据えないのではないか、と感じていた。
だから、
「……貴方は、嘘をついています」
そんな言葉が、自然と口から漏れた。
「……嘘?」
セヴェーロにはそんなつもりはないのだろう。
王位継承者の地位と、出自のコンプレックスと、ユリウスの知り得ないハインリヒとの約束の間で迷い続ける事が時にセヴェーロを苦しめているのなら。
その最終的な解決方法をユリウスに求めている。だがユリウスは、それに応える事はできない。
ユリウスは、ハインリヒではない。
「嘘です。私には、貴方を殺していい理由はない筈です」
「あるさ。君はハインリヒの……」
「それは理由にはなりません……まだ、この手は」
「……」
「貴方を、殺せない」
セヴェーロは、驚きとも怒りともつかない表情を見せた。何か言おうとしているのだが、言葉が出ないでいる。
「貴方は、死ねばきっと、全てのしがらみから解かれると思って……だけど、それはきっと、私なんかが介入できる問題じゃないですから……」
「……」
少しの沈黙の後に、セヴェーロは軽く息を吐いて、
「君は、それでいいのかい?」
「私は……」
ユリウスは、ルーペルトとの戦いを思い返した。自分のくだらない感傷のせいでリーンハルトは危地に陥っている。
もし、リーンハルトが殉職してしまっていたら自分はどうするつもりだったのか。
それを考えると、自分の目的が酷く恥ずべきものであるように感じる。
「私は、もう……誰も、失いたくありません」
ずっと、兄と二人で生きてきた。護りたいものはずっと一つだけだった。
“大切なもの”が増えるなんて、考えた事がなかった。
「ユリウス」
セヴェーロの表情は、変わっていない。
ただ、ユリウスを真っ直ぐ見据えていた。見据えていたが、何処か柔らかい視線。
「リーンハルトなら無事さ、時間はかかるが完治後は後遺症も残らない。君は何も気に病まず、先の事を想えばいいさ」
ただ、僅かに、言葉に違和感を覚えたが、それを追求できるような余裕はなかった。
「……そう出来るように、心を持ちます」
「そうさ……君にはもう、“本当の事”を話したほうがいいかもしれないな……」
と。
療養室に、ヴィルフリートが入ってきた。
「隊長、医師の見立てではリーンハルトさんは…………えーっと、二ヶ月は動かすべきではないとの事です。重傷ですね」
ヴィルフリートはユリウスに目を移した。
「ユリウス、君も一週間は静養してください」
「はい」
ユリウスが返事をしたとき、セヴェーロはすでにその場を去っていた。
“本当の事”が何なのか、ユリウスは聞きそびれた。
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