第31話 言風

 バーデ公国との会談は物別れに終わった。

「私をこの場で殺せば、国境にいる六万の兵が一気に攻めこむだろう」

 そう脅しつけなければ、王の命すらも危うかった。

 王に随伴したセヴェーロとヴィルフリートは、常時警戒を解けず、敵地である事を実感させられた。

「やってみればいい」

 大公は威圧的にそう返した。余裕の態度を崩さないのは、

(やはり、ファルイシア国内の反国王派と結びついている……)

 からなのだろう。六万の兵全てがバーデに攻め入るのを、むしろ望んでいる。その隙にファルイシア国内を、反国王派が蹂躙する。

「本当にいいのか?」

 セヴェーロは、剣に手をかけていた。会談の行われた応接室には、内外に数十人の敵兵がいる。その中で、

「俺も命を捨てるが、お前の首ぐらいならとれる」

 セヴェーロは言い放った。

 リーンハルトとユリウスを信じているが故に言える事だった。たとえ自分がここで討ち死にしても、ファルイシアは守られる。

 そんな強気な態度に、王と大公はしばらく睨み合いが続いた。

「……なるほど、ここで事を起こせば、私も無事ではすまないな」

 最終的には大公のその判断で、無事に宮殿を出る事は出来た。


「流石ですね、隊長」

 帰路、馬上でヴィルフリートが言った。

「僕じゃ、ああいった駆け引きできません」

「……だろうね」

 少しだけ、苛立っている。

 好転にしろ悪転にしろ、状況を変えたのは自身の行為。衝突は、もう避けられない。

「この後の事は?」

「リーン次第さ」

 二人が、生きている事は信じている。


 が、城に戻り再会を果たしたとき、喜ぶよりもまずリーンハルトの傷の重さがセヴェーロの楽観的観測を吹き消した。

「すまない隊長、取り逃がしました」

 療養室で、リーンハルトはセヴェーロに申し訳なさそうに言った。

「いやいいさ……よく生きて帰ってきてくれた」

 視線を床に落として、セヴェーロは言う。

 リーンハルトは責められない。セヴェーロは、戦力の割り振りを失敗したのは自分だと思っている。


 この現状に至り、ますます兵を動かせなくなった。国内の混乱を悟られたくないし、国境警備の人員も減らせない。王の敵は、近衛騎士隊のみで対処できる――バーデにそう思わせる必要がある。

「隊長……」

 療養室では、ユリウスも治療を受けている。

「ユリウス、君もゆっくり傷を治すといいさ」

「私は……自分が情けなく思えます。」

 歩けるようになるまで一週間と言われた。それでも、一ヶ月は剣も握るなと言われたリーンハルトよりは遥かに軽い。

 だからこそ分かる。自分は庇われたのだと。それでは同等の騎士たりえない。無様に過ぎる。

「ありがとう」

 不意に、セヴェーロがユリウスに言った。

 向かいのベッドのリーンハルトには聞こえないよう小声で、ユリウスとは視線も合わせずに言ったが、それでもはっきりと聞こえた。

「リーンの事、助けてくれたと聞いた」

「いえ、違います……助けられたのは」

「君はどうやら“そういう”人間らしい。俺だって、君がいなきゃケルラウ川で死んでたかもしれない。君が変えてくれたんだ。騎士隊の終焉を、君が変えた。俺はそう考えている」

 変わらず、視線は合わせない。

 心にもない事を言っている――ユリウスには、セヴェーロの言葉を真っ直ぐ受け止められない。

「隊長、買いかぶりすぎです。私はまだ弱く、最低限の責務すら果たせず……」

「君なら」

 ユリウスの言葉を遮るように、セヴェーロは言葉を被せた。

 セヴェーロは顔を上げ、ユリウスの眼をまっすぐ見据えた。

「君なら、俺を殺してもいいよ」

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