第30話 ――Bruchstücke,Severo=Bertrando
正妻は身籠る事なくこの世を去った。
だから、側室との間に生まれた子が王位を継承する事になりそうだと聞いた。
「今更ですか」
辺境の湖畔の離宮に押し込まれていたセヴェーロは、父の顔などろくに覚えていなかった。
遠くから聞こえてくる父の姿は勇壮なものばかりで、王家伝来の“獅子の心”に偽りはない。故に、卑屈になりそうな自分と比べてしまう。
“セヴェーロ”という名前も好きじゃなかった。かつて、国家を裏切り王に反旗を翻した大逆人に、同じ名前の人物がいる。
どんなつもりでつけられた名前なのか、考えたくもなかった。
屋敷にいたのは、数人の召使と母。
王と正妻との間に子が産まれたときに王位継承者争いが起きぬように、との配慮から、幼少のセヴェーロは極力城から遠ざけられていた。
「正妻が死んだから、妾の子の俺が王になれって?」
報告に来た使いの者に、悪態をつく。湖を臨む庭先での、何人目かの剣術師範を呼んでの剣の稽古中。それを中断された苛立ちもあった。
八歳にしながらセヴェーロは、自分の境遇をよく理解していた。こんな僻地でずっと暮らしていて、子供ながらに息が詰まりそうだった。
そんな退屈な屋敷での楽しみは、剣の稽古と食事くらいのもの。特に、偉ぶる剣術師範を打ち負かすのは気分がいい。邪魔はされたくない。
「セヴィ、陛下が決めた事だよ。従わなくちゃ」
剣が特別好きだったわけではない。稽古には“友人”が来る。同年代の子供が周りにいないセヴェーロにはそれが楽しみだった。東国の民族の血を引く友人。
年齢は自分より三つ上。しかし先輩風を吹かせる事もなく、かといって王族の自分に謙る事もなく、いつも対等に接してくれていた。
「俺が王になったらさ、護られる側になるわけじゃん。君と一緒に戦えなくなるよ。そうだろ? “ハインツ”」
「そうなるね。でも指示を出すのは君だから、それも戦ってるって言えるよ。戦争の勝敗は指揮官で決まる」
「そうじゃなくてさ。なぁ、一緒に騎士になってさ、悪者をやっつけようって約束したじゃんか。君が一人でやるのかい? 嫌だよ、それは」
「……一人、か……」
やがて母が手作りの菓子を持ってきて、稽古は終わった。この菓子が、セヴェーロの二つ目の楽しみだった。
ハインツ――ハインリヒが、作り方を教わっているという。それを聞くと、自分も少し興味が湧いた。
それから数か月後。
セヴェーロは、正式に城へと移住した。
「離宮が陥落しました」
十三歳になったセヴェーロは、使いの者を追い返すような事はしなかった。
国王は頑なにセヴェーロの騎士隊入りを拒んでいたが、このときを境に態度を変えた。セヴェーロの決意を変える事が難しくなったと感じたからだった。
「ハインツ。“悪者”がわかったよ」
先んじて騎士となっていたハインリヒは、反国王派の危険性を理解していた。理解していながら討伐できなかったのは、敵戦力の情報が足りていなかったからである。
やがて国王が兵を動かした。無謀だと思いつつもハインリヒを始め騎士隊は随行した。
情報不足の中、一度目は敵の策謀に嵌り敗走した。半年後に二度目の討伐を行いようやく奪還したが、離宮は完全に破壊された。
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