第29話 葉音

 朝焼けに街が染まる頃。

 まだ人通りのない街路、身体が緩やかに揺さぶられる感覚でユリウスは目を覚ました。

 馬の蹄の音が聞こえる。

「目が覚めましたか?」

 手綱が見えた。と、ようやくユリウスは、自分が馬に乗せられている事に気がついた。手綱を握るリーンハルトの胸元に、寄りかかるよう座らされていた。

「リ、リーン……痛ッ」

 右足に激痛が走った。布切れが巻かれているが、真っ赤に染まっていた。しかし、それよりもリーンハルトの方が重傷である事を思い出し、痛みを押し殺した。

「無理するな。休んでいるといい」

 リーンハルトはぐい、と、ユリウスを胸元へ再び抱き寄せた。

「……」

 疲れからかユリウスは、それに抵抗する気も出なかった。しかしそのまま二人無言で馬に揺られていると、何か間が持たない感じがする。

「リ、リーンハルトさんは、その、怪我は大丈夫ですか?」

「そうだな……貴方が、庇ってくれなければ、死んでいただろう。屋敷が崩落したあの時に……」

「……そう、ですか……?」

 ユリウスは覚えていなかった。あの瞬間は確かに無我夢中で動いていた気はするが、その時からの記憶が曖昧になっている。

「私はきっと……あのときに、死ぬ運命だったのだろう。傷で身体が動かなかったからな。それに……」

「……それに?」

「……上手く言えないが、貴方がいる事が何か、奇跡のように感じる」

 街路の緩やかな傾斜を登り切ると、朝日が二人を照らした。

「ユリウス。貴方の前に、ハインリヒという騎士がいた。誇り高く、優しく……そして儚い騎士だった。貴方は、そのハインリヒにとてもよく似ている。彼はいつも、自分の事よりも仲間の事を考えていた」

「……リーンハルトさんは、その、ハインリヒ……さんと、一緒に戦っていたのですか?」

「もちろん、ともに多くの修羅場で戦った。彼も、強かったよ」

「……あの……」

「?」

「……ハインリヒさんは…………」

 “誰が斬ったのか”。その言葉が、出てこない。きっとどんな答えでも、哀しい結末が待っている。

「ハインリヒさんの事……もっと聞かせてくれませんか」

「そうだな……彼の好きな“花”の話でもしようか」

 バルコニーの花壇はハインリヒが作った事、月見草が特に好きだった事。

「優しくて、儚い……彼自身が、まるで月見草のようだった」

 嬉しそうに、楽しそうに語るリーンハルトに、ユリウス自身もまた、怪我を忘れて嬉しくなった。

(……もう、復讐なんて……)

 そう考えた。けれど。


 “隊長だよ”


 ルーペルトの言葉が、頭から離れない。

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