第26話 死火
「ユリウス……」
男たちを全て斃し、リーンハルトは屋根裏部屋へ向かう。爆風と不覚の切創で全身が痛む中、這うように階段を上った。
二階は原型を留めないほどに破壊されている。騎士と言えど、無傷ではいられなかった。リーンハルトは額から流れる血が眼に落ちないよう、何度も拭った。右腕の手甲も煤に塗れていた。
屋敷に火が周り始めていたが、逃げるという考えはなかった。なんとしてもユリウスの元へ行かなければならない。屋根裏部屋にまで上がり、力を振り絞り扉を斬り壊した。そのとき、一階の階段が焼け落ちる音が聞こえた。
「リーンハルト……あんたが来たのか……」
ルーペルトはリーンハルトを見るなりそう言ったが、しかしそれよりもまず、リーンハルトは、床に倒され右足を突き刺されているユリウスに視線を奪われた。
「……ルーペルト!!」
リーンハルトは剣を杖のようにして、ようやく立っている状態である。それでもなお、闘争心を向けている。
「リーンハルトさん……駄目です、逃げて下さい……!」
「黙ってよ」
ル―ペルトはユリウスの腹を蹴りあげながら、刺さったレイピアを抜いた。
その瞬間に、リーンハルトは斬りかかっていた。自身が思うよりも早く躰は動いていた。
「遅い……」
しかし傷だらけの体ではその剣の精緻神妙さも鈍る。ルーペルトのレイピアに軽くあしらわれ、蹴り飛ばされた。
「リーンハルトさん、逃げて下さい……! そこの窓からなら外に行けます……!」
「逃げない……やっと見つけたのだ、ルーペルト!」
すぐに体勢を立て直すリーンハルト。しかし、
(冷静じゃない……!)
ユリウスの目にはそう映った。目前の敵に、我を忘れている。
「リーンハルトさん……!」
ユリウスはやっとの思いで立ち上がった。右足の感覚はなくなっていたが、自分より重傷に見えるリーンハルトは戦っている。
(あの時、私が躊躇わなければ……!)
後悔していた。この期に及んで復讐に身を支配された自分を呪った。
“隊長だよ”、そう言われて、真実に近づける気がした。ルーペルトを斬らずに捕らえられれば……。その隙をつかれ、今の窮地を招いている。
階下から鈍い破壊音が響いた。二階も焼け落ち始めている。
「限界だな……」
ルーペルトは窓へと向かった。
「犠牲は多かったけど、騎士二人を倒せれば予定以上だね……」
「待て!」
リーンハルトが追う。するとルーペルトはすぐに振り返り、
「いいのかい……? 彼女を……」
一瞬の薄ら笑いと同時に、“筒”を投げた。ユリウスに向けて。
「ユリウ……」
「ダミーだよ、騎士はすぐこの手にかかる……」
筒は、爆発しない。
が、それに気を取られたリーンハルト。その右腹部に、ナイフを刺されていた。
「……こんなかすり傷などを……!」
「いいや
そう言い残しすぐにナイフを抜き、ルーペルトは窓から飛び降りた。まだ火が回っていない屋敷の外壁、二階の屋根を伝って地面に降りたのだろう。
――湿った夜風が、僅かに吹き込んだ。それは身体を冷やし、炎を煽る。
「……ユリウス」
リーンハルトは血だらけの姿で、ユリウスに手を差し伸べた。
(リーンハルトさんの方が重傷なのに……)
ユリウスは、自分が情けなかった。足手まといにすらなっていると思えた。
火の手はすぐ下にまで迫っている。互いに肩を支えあい、窓に向かった。ルーペルトと同じように地面にまで降りるのだが、それすらも不安になるほど満身創痍だった。
「ユリウス、貴方から降りるといい」
窓まであと数歩のところでリーンハルトが言った。
「駄目です、貴方からです。私はまだ傷が浅いですから」
「だからこそ、貴方の方が生き残る可能性が高い……」
リーンハルトの呼吸が弱々しい。何度も死組の爆発に巻き込まれ、その度に全身を強く叩きつけられた。それでも戦闘を続けた。全身の出血だけでなく、恐らくは骨や内臓も損傷している。
ユリウスは、言う事を聞かない自分の右足が恨めしかった。
「大丈夫、ユリウス、貴方は死なせない。貴方は必ず……貴方は……」
言いかけたとき。リーンハルトは突然、ユリウスを抱き寄せた。
その瞬間。屋根裏部屋の床は一気に崩れ落ちた。
「貴方は、ハインリヒの――」
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