第22話 結露

 二日としないうちに、スキンヘッドの密売人は捕まった。やはり反国王派であったという。

 尋問の末吐いたところによると、密売の強化は組織をまとめている新しい指導者の命令であるという。その指導者の名は、ルーペルト=エディンゲル。

「私が斬ります」

 会議でその名を聞くと同時に、リーンハルトが言った。

「リーン、騎士隊は今人手不足だ。俺には別件の調査があるし、エルンストは城内警護、ヴィルは明日バーデとの会談で王の付き添いをする。ロルフはもういないしね……敵に通じるなんて、入隊のときにからかった事を根に持ってたのかなぁ?」

「隊長」

 軽口を叩くセヴェーロに釘を刺すリーンハルト。セヴェーロは“はいはい”といった感じで姿勢を正した。

(からかったって、私のときと同じように、“隊長探し”をした、って事かな……)

 ユリウスがそう思っていると、

「それにさ」

 セヴェーロが、リーンハルトからユリウスに視線を移した。

「この件は、新人には任せられない。そうだろう? それとも一人で斬りに行くつもりかい?」

「ああ。私一人でも斬りに行く」

 鬼気迫る声。いつものリーンハルトとは違ったが、その返答はセヴェーロの望んでいた言葉ではない。

 外は穏やかな天気だったが、少しだけ、風が強かった。

「死ぬかもよ?」

「構わない」

 構わない、わけがない。

(なんでそんなに……?)

 ユリウスは思った。“ルーペルト”という名前を聞いた時から、リーンハルトの様子は違っている。いつもの冷静な剣士ではない。言葉に含まれている感情は、憎悪を越え“殺気”ですらある。

 それはルーペルトに向けたものなのだろうが、リーンハルト自身にも向けられている。ユリウスにはそう感じてならない。

(……死のうとしている)

 セヴェーロも、そう感じていた。

 しかし論ずるにしても茶化すにしても、止めるための効果的な言葉が出てこない。


 円卓会議が終わると同時に無言で部屋を出るリーンハルトを、ユリウスは急いで追いかけた。

「何か、急ぐ理由があるのですか?」

 ユリウスが訊くと、

「ある」

 リーンハルトは即答した。

「ルーペルト……七人目の騎士だ」

 そう言われて思い返せば、自分が入隊した時点で六人しか騎士はいなかった。ユリウスはそれを特段に気には留めていなかったが、確かに空席はある。ロルフがヴィルフリートに粛清されてからは、その“居た筈の騎士”もそうされたものだと思っていた。

(だから、隊長は私には任せられないと……)

 ユリウスが入隊する以前の事だから仕方がないとは思いつつも、騎士の一員との自負もある。任せっきりにして何かあれば寝覚めが悪い。

 新人だからと過保護にされている感がある。ユリウスはそれが不服でもある。

 まだ、誰も斬っていない。

「間者……だったのですか?」

「いや、裏切り者だ。ずっと探していたが、ようやく見つけられた」

 ずっと探していた、と聞いて、ユリウスは妙な不安感を覚えた。

(ずっと探していて、このタイミングで見つかった……?)

 ケルラウ川での一件を思い出した。


 ――罠じゃないか?


 円卓会議で聞いた情報では、指導者は既に城下に入って、町外れの空き家、旧い屋敷に潜んでいるという。待ち伏せともとれる。状況が整いすぎている。

(密売人は捨て駒で、おびき寄せる為の餌として使ったのだとしたら……)

「明朝、私が斬りに行く。彼も騎士だったが、遅れは取らない」

「一般兵を使うべきでは」

 ユリウスはそう提言した。リーンハルトは意外そうな顔をした。

「兵が動けば、国内が不安定だと内外の敵に言っているようなものだ。特にバーデ公国は、ファルイシアに攻め込む好機を伺っている。隙は見せられないし、国境警備の兵も無闇には減らせない」

「しかし……」

 一度言い淀んで、

「……しかしこれは、罠です」

 そうはっきりと言った。

「罠なれば噛み破るしかない。王の敵は、常に近衛騎士によって討ち倒されねばならない」

「だからこそ、最善を尽くすべきです」

「最善だ」

 リーンハルトは、歩く足を速めた。

「……たとえ、だ」

「……?」

「たとえ私が罠にかかり死んだとしても、国内の不安定さを露見させるよりは良い」

「何故ですか」

「私だって無駄死はしない、必ず相手に痛手を負わせる。そうなれば後に、隊長やヴィルフリートが敵を殲滅するだろう。しかし、バーデが攻めて戦争状態に陥ればより大きな被害が出る。我がファルイシアは決して負けぬだろうが、多くの死者が出る」

「仲間のためにという事ですか」

「そうだ」

「ならば」

 ユリウスは、リーンハルトの前に進み出た。キリッと強い意志を湛えた眼を向ける。

「私も行きます」

「……!」

「リーンハルトさんが死ねば、私も死にます」

 どう言われようと、意志は変えない。そう思ってリーンハルトの言葉を待った。が。

「……」

「……?」

 リーンハルトは無言で、肩の力を抜いた様だった。笑っているのか、いないのかも判断付かない表情で、ただ、少し、ユリウスには哀しそうにも見えた。

「ならば今夜、貴方の部屋を訪ねても良いだろうか?」

「え?」

 正直なところそれは困る、とは言えない。

 リーンハルトは、普段見せないその表情のまま。

「君をいつまでも新人扱いはしていられない。共に作戦を練ろう。屋敷の見取り図ならあるから、相手の行動の予測もある程度はつくだろう」

「あ……そ、そうですね。待っています」

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