第17話 星霜

 午後も四時を過ぎる頃城に戻り、王の一般拝謁の準備を始める。既に城のエントランスに、馬車が用意されていた。


 五十人の一般兵が先導するキャリッジ馬車は低速で進む。騎士隊は馬で、馬車に並走する。王は荷車の移動式玉座に座るが、そこには屋根も壁もない。ただ、権威を象徴するように絢爛な装飾が施されている。

「今年は人数が少ないから、警戒を怠らないように」

 リーンハルトがため息混じりに言った。現在の騎士隊は、エルンストを入れても五人。思えばロルフの処断は、このフェスタを見越しての事だったのだろう。

(国王陛下が近い。確かに、騎士隊に悪しき考えを持つ人間がいれば、陛下の御身は危険に晒される)

 ロルフは自分が処断されるのを察して先に逃げるつもりだったのだろうが、機密書類を欲張ったのが結果として凶と出た。騎士隊は、王の護衛情報の漏洩・流出には特に敏感に対処する。

(でもそう考えると、私はまだ信用されている、って事かな……)

 ユリウスは思った。王の側に置かれという事は、そうと考えてもいいのだろう。


「護衛なんかいらないだろうにさ、父さんになんか」

 荷車に寄りかかり、セヴェーロが言った。

「でも、反国王派とかいますし」

 ユリウスがそう返す。するとセヴェーロはあからさまに不機嫌そうな顔をした。

「そんな奴らさえいなけりゃ、さ……護衛もパス出来ただろうに」

 国王と会いたくないのだろう……と、ユリウスは直感した。

 普段でさえ、セヴェーロは城内、特に王の居室の警護を担当する事は少ない。隊長である事を利用して他の騎士へ任せている。

(でも、私も陛下にお会いするのは久しぶりだな)

 郊外の闘技場において、新騎士選考会に参加して以来である。

 新騎士候補は王国内の剣術会などで好成績を残している者や、騎士隊隊士から推薦された者、あるいは一般兵の中から特に実力があるとされた者たちの集まりだが、ユリウスのときは自身を含めて三人しか候補がいなかった。それくらい基準が厳しいのだが、その中でユリウスは王に認められ騎士隊に入れた。

 そんな事もあって、ユリウスは王への畏敬、忠誠心以上に感謝の気持ちを持っている。ただ、騙しているような後ろめたさもある。

 近頃、不意に決意が揺らぐ。




 それから小一時間ほど過ぎ、先導の兵たちが跳ね橋に集合し隊列を作る。

 リーンハルト、ヴィルフリートは馬車の右側、ユリウスはセヴェーロとともに左側を任された。

 普段と違う雰囲気に若干緊張しながら待機していると、やがて城の奥からエルンストを伴い王が現れた。

 王は齢五十を越えながらも甲冑を着こみ、堀の深い顔に揃えられた口髭。金銀糸織込みのマントを揺らしながらゆっくり歩く様は、大陸最大の王国を統べる者としての威厳に溢れている。

 馬から降り、膝をつき頭を下げ王を迎える騎士たち。ただし、セヴェーロだけは頭を垂れていない。

 王はエルンストの助けを得ながら荷車に上り、移動式玉座に座る。

「セヴェーロ」

 荷車の上から王が呼んだ。低いかすれ声。若かりし頃は自ら戦場に立ち、声を荒げて兵たちを鼓舞していた。そんな人物だった。

「お前も乗れ」

 王の言葉に、セヴェーロは顔を向けた。

「父上」

 ユリウスにも、普段と違うセヴェーロの様子が感じ取れた。見えてはいないが、リーンハルトとヴィルフリートもそう感じたであろう事は容易に解る。空気が変わっていた。ひりつくような、震えるような。

「俺は、その場所に乗れる人間ではありません」

「騎士である事に、何故こだわる?」

 国王の言葉は、かつてのセヴェーロの言動と矛盾していた。

(隊長は……陛下によって隊長を任された、と言っていたのに……)

 隠し事をしている。しかし少しずつでも自分自身の事を話してくれるセヴェーロを責める気にはなれないし、そんな資格も権利も自分にはない。

 ユリウスは思う。自分は、セヴェーロの心根を暴いていいような人間じゃない。


 ――しばらく、とは言っても数秒程度だが、この重く感じる空気の中では幾時間にも思える長い沈黙。

 誰かの頬に汗が落ち、雲の欠片が空に逸れ、季を急いた花鶏が微かに鳴くだけの微かな時間。

 そんな沈黙の後、セヴェーロは口を開いた。

「……ハインリヒとの、約束がありますから」

「!」

 ユリウスは、不意に出た兄の名前に、心臓の鼓動が強く鳴るのを感じた。

「……そうか」

 察したように視線を戻した国王は、それ以上何も言わなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る