第16話 優味
走ればヴィルフリートは速く、すぐにリーンハルトを追い抜かし男たちとの差を瞬く間に詰める。すぐに男たちの前にまで出た。裏通り、酒場の前。
「野郎!」
壮年の男は大人しく捕まる事はせずに、それどころかナイフを取り出しヴィルフリートに斬りかかった。が、軽くいなされ無様にすっ転んだ所に剣を突きつけられ、観念した。
小男の方はどこへ逃げるか周りを見回している間にリーンハルトに追いつかれ、すぐに取り押さえられた。やがてユリウスも追いついた頃には、警備の一般兵たちに引き渡されていた。
「あの人たちは……」
「反国王派だろう。芥子の密売も資金源にしている」
未然に防げた事は喜ぶべき、とユリウスは思い、乱れていた呼吸を整えた。それから、預かっていた溶けかかりのジェラートをヴィルフリートに差し出した。
「ああ、すいません。溶けちゃってますね」
「今日は、暑いですから」
「そうですね。でも、もうすぐ雨季に……」
言いかけて、ヴィルフリートは止めた。ジェラートに目を輝かせているユリウスを見て、察した。
その顔は本当に子供じみて、愛らしい姿に見えていたのだが、ヴィルフリートはそこまでは言葉にしない。
「食べたいんですか? これ」
「!」
一口もらえるのかと思い、ますます目を輝かせる。しかしヴィルフリートは破顔一笑、
「でもダメですよ。お腹、冷えてしまいますから」
ユリウスからジェラートを取り上げた。
「な……!」
いつかの風呂屋でそんな言い訳をした自分を、ユリウスは呪った。
「他にも美味しいものありますから」
笑いながらそう言うヴィルフリート。その言葉には、ぎこちなさはなかった。
✥◆◇✚◇◆✥
それから、大広場に到着して。
そこでは人々が酒を酌み交わし、特設の舞台上では軽快な曲が奏でられている。
走り疲れたユリウスは後方、人の少ない芝生に仰向けになり、休んでいた。ヴィルフリートはまた巡回に戻り、リーンハルトはどこかへ消えてしまっている。
(故郷のお祭りと、全然違うな……珍しいものもたくさんあって……)
額に汗が流れた。特に胸のコルセットが暑く感じ、余計にジェラートなる氷菓が口恋しくなる。
「ユリウス」
リーンハルトの声。行き先は告げなかったが「すぐに戻ってくる」と残した言葉に偽りはなかった。
「騒ぎになってしまって、貴方も買い物一つ出来ず面白くないのでは?」
「いえ、そんな事は……」
「貴方が欲しがってたものを代わりに買ってきた」
「え!」
ユリウスは飛び起きた。疲れが吹き飛ぶ気分だった。
「今日は暑かったからな、欲しかったのだろう? これが」
そう言ってリーンハルトが差し出したもの、それは。
「この、珈琲が」
(違う!)
そうじゃない。
(確かに喉も乾いたけど……乾いたけれど!)
とは言っても、わざわざ買ってきてくれたものを無碍に断るのは気が引けた。
暑い中カップに注がれた湯気立つ珈琲。一瞬躊躇ったがそれでも受け取ると、リーンハルトの表情は和らいだ。
「いただきます……」
一口、二口飲んで、
「……でも、美味しい」
初めて飲んだ筈なのに、何故か懐かしい味がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます