第14話 想慕
目覚めて日の高さを見た。昼は越え、おおよそ三時過ぎ。
「寝過ぎた……!」
昼食を摂っていない。迂闊であった。
食堂に行ったが当然、誰もいない。厨房も覗いたが片付けも済ませられており、料理人もいない。
小腹が空いていた。
(しょうがない……自分で何か作るか)
厨房で食料を探した。流石に肉や魚を使うのは気が引けるが、備蓄のある砂糖やミルクとかならいいだろうと思った。となると、菓子を作る事になる。
小麦粉、牛乳、砂糖、卵。
まずは卵黄と牛乳を混ぜて……
「何作ってんの?」
「ひゃっ!?」
と、急に背後から覗き込む顔。ユリウスは思わず甲高い声をあげてしまい、少し後悔した。
「た、隊長……」
セヴェーロはいつもよりラフな格好で、羊毛の上着を羽織って腰紐で軽く止めている。両腰に剣は提げているが、上着の中に収まっている。
「甘い匂いがするね」
「……お菓子ですから」
「作れるんだ?」
「……作れたら、変ですか?」
女みたいで、と言おうとして止めた。
「変じゃないさ。手伝おうか?」
「……じゃあ、メレンゲを作ってくれますか」
拒絶するのも不自然に感じた。砂糖と卵白とボウルを押し付けるように渡し、セヴェーロを遠ざける。
彼への苦手意識が消えない。
秘密を見透かしてくるようセヴェーロの態度や言動は、ユリウスの心をかき乱す。
「料理得意なの?」
少し離れた位置に追いやっても、セヴェーロはユリウスに話しかけた。
「得意というほどではありません」
「剣は得意だよね」
「貴方ほどではありません」
「故郷じゃ負けなしって聞いたけど?」
「田舎ですから」
矢継ぎ早の質問に、ユリウスは少し煩わしさを感じた。自然、返事も気のないものになる。
「今作ってるのはなんていうお菓子?」
「カイザーシュマーレンというものです」
「どこで習った?」
「母から習いました」
「剣は誰から?」
「兄から」
「へえ。故郷の道場ってリーンから聞いたけど?」
言われて、手が止まった。ハッとした。“しまった”と思った。つい口を滑らせてしまった。
「いえ……兄と一緒に道場で習った、って事です」
「兄も騎士だったのかな?」
「…………それは……」
気がつけば、セヴェーロはすぐ隣にまで来ている。
「メレンゲ、出来たよ」
ユリウスの前にボウルを置く。意外なほどに滑らかなメレンゲが出来上がっていた。普段剣を振るっているためか、力作業は不得手ではないようだった。
「それでユリウス、次は?」
「え、えっと……こっちのボウルと混ぜて……あ、フライパンでバター溶かしておいてください」
「バターね」
語調が軽い、気がした。詮索するためではなく、セヴェーロは本当に料理を楽しんでいるようにユリウスには感じた。
やがて出来たものを弱火のフライパンで焼き始めると、厨房には甘い匂いが立ち込めた。
「……」
セヴェーロが黙り込んでいるのが気になって顔を見ると、穏やかに微笑んでいた。今までユリウスが見た事のない表情、少年のような顔だった。
「隊長?」
「いや、美味しそうだなって思ってさ」
焼きあがったお菓子を切り分けて皿に盛り、粉砂糖をかけると、セヴェーロはひょいと一つつまみ上げ、口にした。
「……美味いな」
小さく呟いた。
「好きなんですか?」
ユリウスがそう訊くと、セヴェーロはゆっくりと顔を向けた。
「好きさ」
あまりにも真っ直ぐに目を見据えて言われ、ユリウスは一瞬、体が硬直した。心臓が震えるような、今まで体験した事のない感覚だった。
「このお菓子さ。俺の母親も、よく作ってくれたよ。それがいつも楽しみでさ」
「母って……妃様ですか?」
「妾さ」
セヴェーロはもう一枚お菓子を取ると、そのまま厨房を出て行った。それ以上その話をしたくないような、途端に素っ気ない態度であった。
(だったら、初めからそんな話しなければいいのに……)
勝手な態度にそう思ったが、不思議と、苦手意識は薄らいでいた。
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