第13話 連花
夜が明けて朝。ユリウスは、セヴェーロから一日休息を取るように言われた。
リーンハルトにもそう話が通っているらしく、
「今日は体を休めるといい」
と言われた。円卓会議にも欠席でいいと言われた。
そうなると特段する事も見つからず、朝食後は部屋に篭もる事になる。自然、余計な考え事もしてしまう。
(例えばあの三人の誰かを斬ったとして……私は本当にそれでいいのだろうか)
ロルフとは、仲が良かったわけではない。それでも、彼が死んだ時に妙な虚しさに襲われた。
前日まで一緒に食事をしていた“仲間”と認識していた人間が、もう二度と動く事のない肉塊と化した。
(私は……)
兄を思い出していた。兄もまた、動く事のない肉塊とされた。
死体を見た時誓った。同じ目に合わせてやると。相手はきっととんでもない大悪人で性根が腐っていて威張り散らして暴力をひけらかすような最低な人間に違いない、と、信じていた。
思い込んでいた。
(……騎士隊に、お兄ちゃんを殺した相手はいない……て思ってもいいのかな……)
都合のいい思考だと分かっているが、そう信じたかった。
あれからの二年が無為になるとしても、それを望んだ。
と、
「ユリウス様、いらっしゃいますか」
不意に、部屋の外から声がした。老いた声だった。
「あ、はい! いますが」
扉を開けると、果たして老齢の騎士が立っていた。
「貴方は……えっと……」
「エルンストでございます」
いつも通りのジュストコールに騎士である事を忘れる。その上、
「部屋の掃除や必要なものの買い出しなど、ありましたらと思いましてな」
などと意外な事を言いだした。これもまた、騎士らしからぬ申し出。
「え? いや、なんでそんな事」
「申し付けてくだされば私がやります故」
「いやいやいや! 先輩にそんな事……というか騎士……ですよね?」
エルンストは剣を帯びていない。服装もさる事ながら、騎士に見える要素はない。
「ええ、一応」
代わりにそう言って懐から取り出したのは、柄が木製の折りたたみ式カミソリ。
「……?」
「これが私の武器でしてな」
「……理容師なんですか?」
「首を掻き切るのでございます」
「はぁ……」
変わった騎士もいるのだと、ユリウスは思った。
故郷にいた頃は、ヴィルフリート、セヴェーロ、リーンハルトの三人の評判はよく聞こえたものだが、この老齢の騎士の事など耳にした事はなかった。
「何かございますか?」
「えっと……服を洗濯したいのですけど……」
「左様でございますか。かしこまりました」
(……やってくれるんだ……)
ユリウスは部屋に散らかっていた服を集めて(下着と胸を潰すために使っている腰用コルセットは除いたが)、渡した。エルンストはそのまま洗濯物を持って去って行った。
それからしばらくして、ユリウスは部屋を出た。城内を適当に歩き回る。
(これじゃ、いつもと変わらないな……)
城内巡回しているときと変わらない。
陽の光が差し込む採光窓を見上げると、スズメが羽根を休めていた。そのままゆっくりと中庭、廊下と歩いたが、時々どこからか話し声が聞こえる程度。午前の城内はこんなに静かなものだと初めて知った。
やがて、エントランス二階のバルコニーに辿り着いた。手入れされた花と草木は相変わらずだが、リーンハルトはいなかった。
ユリウスはバルコニーの端に置かれた青銅色の椅子に座り、可憐な花の世界を眺めた。
(お兄ちゃんも……お花を育てるの、好きだったな……)
兄のハインリヒも、生きていた頃は家の庭で多種多様の花を育てていた。
「ユリアーネ。見てごらん、綺麗だよ」
季節毎に花が咲くたびに、嬉しそうに誇らしげにそう言った。
一番好きな花は月見草だと言った。夜に咲き、朝を待たずに萎む儚い花。異国の花だが、刹那に気高く咲くと言っていた。今思えば、そんな花に自身に重ねていたのかもしれない。
今はその花の咲く時間ではないが、ここには月見草をはじめ兄が育てていた花と同じものが多い。見ていると、幼かった昔――兄がいた昔に戻れた気がして、安らぐ――。
――気づかぬうちに眠っていた。
少ししてリーンハルトがユリウスを見つけたが、起こさなかった。起こさずに、しばらく寝顔を見ていたが、ユリウスがそれに気づく事はなかった。
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