第11話 篝火

 その頃。

 夜も更け静かになった城内で、リーンハルトは一人、円卓会議室にいた。

「お風邪を召しますよ」

 入ってきたのは、老齢の騎士。相変わらず、騎士らしからぬジュストコール。

「……エルンスト殿。反国王派は、まだ残党が燻っています。それを考えると……」

「そうでございますね……しかしリーンハルト様、その全てを根絶するのは難しいものでございましょう」

 老齢の騎士――エルンストは、執事や召使であるかのように、年下のリーンハルトにも丁寧な口調で話す。

「難しくとも……」

「……」

「全て、斬ります」

「リーンハルト様……」

「この命に代えてでも、全て……」

 リーンハルトの眼には、強い意志が宿っていた。

 狂信的なほどに強い意志。“この命に代えてでも”、その決意に偽りはないのだろう。エルンストには、そう感じ取れていた。



 ✥◆◇✚◇◆✥



「お腹の調子はもういいのかい?」

 翌朝。朝食の席、セヴェーロはまた悪戯心を見せた。

「もう、平気です」

 不機嫌に返したユリウス。

 昨夜はあの後、セヴェーロとヴィルフリートに挟まれる事になったが、

「愛用の茶石鹸じゃないと肌荒れが」

 などと言い張って、なんとか逃げ果せた。

(隊長は……多分気づいてる。私が女である事を……)

 苦手だ、と思った。掴みどころがないが、向こうはこちらを見透かすかのようにからかう。

「平気なのですか? ならいいのですが」

 ユリウスの隣に、ヴィルフリートが座った。

 騎士隊は王族とも小間使いとも同席せず、騎士隊だけで食事をする。その際、食事は食堂の長テーブルに用意される。

 長テーブルは円卓と違い上座と下座の区別がある。上座には隊長が座り、その下は入隊順となる。

 エルンスト、リーンハルト、ヴィルフリート、ロルフ、ユリウスの順である。その順序で長テーブルの左右に交互に座るため、ヴィルフリートの正面がロルフ、さらにその斜向かいがユリウスとなる。つまりヴィルフリートとユリウスは隣同士である。

「……すいません、ご心配おかけしました」

 食前の祈りを終え、食事をしながらユリウスは今後について考えていた。城内で生活している限り、いつかはボロが出る。

(早く、お兄ちゃんの仇の騎士を見つけないと……)

 手がかりはないし、三人とも違うように思える。ロルフとエルンストは、失礼ながらその実力を感じない。

 もう少し信頼を得れば、騎士隊の機密資料にも触れる機会があるかもしれないが、それまでにも真実には可能な限り近づいておきたい。




「私の前には、どんな騎士が居たのですか?」

 午前の訓練中、ユリウスはリーンハルトに訊いた。兄が死に自分が入隊するまでの二年の間も、空席ではない筈。

「……貴方は、知らなくていい」

 答えてはもらえなかった。

 代わりに、いつもより多くの剣技を教わった。

「初太刀が躱される事を考えてはいけない。必中のつもりで突くんだ」

 意図的に、過去の騎士の話題を避けているようにも思えた。

「それでも躱されたら?」

「全力で剣を引き戻し、後は相手の動き次第だ。斬ってくるようなら受け流す、間合いが詰まっているから致命傷は避けられる。動かないようなら体術で相手を組み倒す、君の速い突きを躱したのなら体勢が多少なりとも崩れているだろう。そして……」

「……そして?」

「…………」

 言いかけてから、リーンハルトはしばらく沈黙した。

「……いや、君が覚える必要はないな……実践に移ろうか」

 何かを考えていた様子だったが、結局継の句を発する事はなかった。


 それから、昼まで訓練を続けた。

 立ち会いの中でユリウスは、何度かリーンハルトの太刀筋を見たが、いつもと変わらず冷静・精緻な剣だった。

「……左利きの騎士を知りませんか?」

 思い切って訊いてみた。

 その言葉にリーンハルトは動きを止め、ユリウスに眼を向ける。

「何故、そんな事を訊く?」

 鋭く、それでいて哀しげな眼だった。軽率であったと、ユリウスはその質問を後悔した。

「いえ……左利きの相手とは立ち会った事がないので」

「左利きの場合、両手で剣を扱う事が多い。二刀流にする事もある」

 二刀流、と聞いて思い浮かんだ。

「隊長は左利きなのですか?」

「いや。彼は両利きだよ」

「両利き……」

 その可能性は考えてなかった。




 正午、円卓会議。

「間者がいる」

 セヴェーロの言葉に、場の空気が変わった。

(間者って……騎士隊の中に……って事?)

 冷や汗が流れた。自分の事を言っているのではないか、と。

「ヴィルフリート」

「……はい」

「この件は頼んだ」

「……」

 ヴィルフリートは、無言で頷いた。

(もし、私が疑われているのだとしたら……)

 ユリウスは思った。兄を殺したのは三人の騎士の中の誰かだが、だからと言って復讐のために三人とも斬るなんて事は考えられない。

 しかし、もし、自分が疑われる中で、自分自身の命が危うくなったら――。

「間者なら、目星はついてるだろ」

 不意に、ロルフが口を開いた。

「誰だい?」

 セヴェーロが訊く。ロルフは、ユリウスに顔を向けた。

「新入りだろう。日が浅い奴が一番怪しいに決まっている」

 ユリウスは、言い返せない。間者ではない。が、間違いとも言い切れない。

「結論を急ぐね。俺はケルラウ川での一件の事を言っているんだけどな」

 代わりのように、セヴェーロが反論した。

「堰では罠が張られていた。討伐に行く事は、騎士隊以外に知られていなかったのに、さ」

「新入りが情報を漏らしたんだろ」

「ユリウスも敵襲を受けている。俺が助けなきゃ多分死んでたよ。だから違うって思うのさ」

 セヴェーロにそう言われ、ロルフは舌打ちをした。それから、また押し黙った。


 会議が終わり、ユリウスも退出する。

「ユリウス」

 ヴィルフリートに呼び止められた。

「この件については、僕と君とで片付けます」

「私が、ですか? しかし……」

 疑われている。自分の事とはいえ、適役とは思えない。

「仕事を見るだけです。ただ、ついて来てくれればいい。明日、時間になったら部屋を訪ねます」

 そう言ってヴィルフリートは去っていった。いつもの涼やかさは、感じられなかった。


 翌正午、円卓会議が中止になった事をセヴェーロから告げられた。

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