第7話 烟霞

 翌日。

 ユリウスは朝の稽古を終えて、正午には円卓会議室へ向かった。


「反国王派の動きを確認した」

 会議の始めに、セヴェーロが言った。

「……どのくらいの規模ですか?」

 ヴィルフリートが訊いた。慣れているのか、それほどの驚きは見せない。

「小規模だよ。情報では、ね。ただ放っておいて隣国なんかと結びついても困るのさ」


 反国王派は、長年に渡り破壊活動を続け内乱を煽り続けている組織であり、騎士隊により何度か討伐されたが壊滅はされずにいる。

 王に対する敵であるが故、また一般兵は隣国バーデ公国相手の国境警備で下手に動かせないという事情もあるため、討伐には近衛騎士隊が向かう。


「私が行きます」

 リーンハルトが立ち上がった。

「いや、俺が行くよ」

 セヴェーロも立ち上がった。二人はそのまま目を合わせ、互いを牽制し合うように、無言のままで動きを止めた。

「あ、あの……どうしたんですか?」

 ユリウスは状況に戸惑った。昨日も感じた事だが、二人の間には“何か”ある。

「……俺が行くさ。“隊長”としての決定だよ」

 セヴェーロはそのまま、円卓を後にした。

 部屋を出る間際、

「ユリウス」

「あ、はい!」

 セヴェーロに呼ばれ、ユリウスも一緒に退出した。


 会議中ロルフは終始舌打ちを繰り返し、老齢の騎士は相変わらず無言だった。


 廊下を歩きながら、

「セヴィ……じゃなかった、隊長! 私も行くのですか?」

 ユリウスはセヴェーロに訊いた。

「セヴィでいいのに」

「よくありません! 騎士として、礼儀や序列は枢要な教養であって……」

「いーよそういうメンドウなのは。それより現実問題としてさ、仕事を覚えてくれないとね」

 セヴェーロは城門を出て、跳ね橋を降ろさせる。

「近衛騎士隊は、国王陛下を護る事が唯一にして絶対の使命だと、リーンハルトさんから教わっています。城から離れてもいいのですか?」

「敵は早めに排除したほうが安全…………まあ、正直俺は国王なんかどうなったっていいんだけどさ」

「も、問題発言ですよ! それって、隊長としては良くないのでは……」

「それよりもリーンの方が心配でさ。彼は多分、冷静に剣を振るえない」

「冷静に?」

 意外な事を言うな、とユリウスは思った。訓練での剣捌きを見るに、リーンハルトの太刀筋は冷静沈着にして精緻を極めている。

「騎士隊の運営を俺に任せてる父さんも、あの場にいたらリーンを行かせないさ」

「父さん?」

「王様だよ」

「王さ…………国王!? え、隊長って、国王陛下の息子様……」

「あれ、言ってなかったっけ?」

 振り返りながら、セヴェーロは悪戯っぽく微笑を見せた。ユリウスが驚く顔を見て楽しんでいる。

「そんな話、聞いた事ありません。騎士隊長が王子……王子様だななんて!」

 ユリウスの育った町にも、新聞などから騎士隊の評判は届く。中には活動とは無関係の、ゴシップ的な人物評まで聞こえる事もある。なのに、これは初耳である。意図的に世間に隠しているとしか思えない。

 しかしだからこそリーンハルトはあの時、“貴方ほど隊長に相応しい人間はいない”と言ったのだろうとも思えた。思えた、が。

「……王子じゃないさ」

 目を逸らしながら小さく呟いたセヴェーロは、その言葉を、嫌っているようだった。

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