第5話 碧落
昼食後、ユリウスは訓練場に呼び出された。
教育係としてリーンハルトが付く事になり、
「雑務は多々あれど、まずは強くなければ務まらない」
と言われ、双方木剣を持って立ち会う事になった。
リーンハルトは制服を着崩したりはせず、装飾品も身につけてはいないが、右腕にだけ鉄の手甲を付けている。盾代わりに手甲をつける事は流派によっては珍しい事ではない。
武器は細身のロングソード、木剣もその形のものを選んだ。
「ユリウス、貴方は?」
「クレイモアを」
クレイモアは、直刃の両手剣。両手剣としてはやや小ぶりで、取り回しやすい。
リーンハルトは壁にかけられた木剣の中からクレイモア型のものを選び、ユリウスに手渡す。
「クラルヴァイン式剣術と言ったね。どこで習った?」
「故郷の、小さな道場です」
嘘である。ユリウスに剣術を教えたのは兄のハインリヒ。兄は父に教わったらしいが、その父はユリウスが六歳の時に死んでいる。
兄が死んでからの二年間は、田舎の剣術会にも参加しつつ腕を磨いた。その頃から既に、ユリウスの名前を使っている。
「小さな道場か……興味あるな。私は、ずっと城下で育った」
リーンハルトは、ユリウスからおよそ四歩の間合いに立った。右手にロングソード型の木剣を持ち、無造作に下段に垂らしている。
ユリウスはリーンハルトに対して半身に構えて立ち、両手で持った木剣を肩の高さに上げ、切っ先を相手に向ける。“鍵の構え”と呼ばれる、防御に重点が置かれた構えである。
「人を斬った事は?」
リーンハルトが訊く。
「ありません」
ユリウスが答える。
リーンハルトが二歩半近づき、三歩目が地につくと同時に逆袈裟に斬り上げた。ユリウスは僅かに飛び退いてそれを避け、リーンハルトの剣先が上がりきっているのを見るや胸元めがけて突きを繰り出す。
――勝った。
思った。田舎の剣術会ならこれで勝負がつく。が、リーンハルトは右手の手甲でユリウスの剣を叩き落とし、バランスを崩し転びかけたユリウスはリーンハルトに受け止められた。
「人を斬れるのか?」
そう言われたユリウスは、鋭い目でリーンハルトを見据えた。
「斬れます」
とは言わない。
斬らなければならない。それが、兄の仇であるのなら。
それから何度か立ち会ったが、ユリウスは一度も勝てなかった。
「水平突きは速さが重要だ。君はその技をもっと磨いた方がいいが、特に腕の振りを意識して鍛えるといい」
リーンハルトのアドバイスだが、ユリウスは悔しさでそれどころではなかった。
俯いて、震えている。
(お兄ちゃんが……教えてくれた技が全く通用しない……)
思い出まで否定された気になる。
「……」
見かねたのか、ふ、と軽くため息を吐いたリーンハルト。
「大丈夫、まだ強くなれる」
ユリウスの頭に手を置いた。
「! …………こ、子供扱いしないでください!」
少し強い語調でその手を払うと、リーンハルトは驚いたのか、戸惑いの表情を見せた。
「そ、そうか。気に障ったならすまない……」
その顔がなんだか可笑しく見えて、ユリウスは、悔しさが和らいでいた。
それから騎士として知っておかねばならない事――主に騎士たる心構えに関してをリーンハルトから教わり、夜になった。
ユリウスの自室となるのは、城の北東側にある三階建ての居住棟の、ニ階中央。その部屋まで案内されて、リーンハルトと別れた。
室内には既に荷物が運び込まれているが、片付ける気力もなくベッドに倒れ込んだ。
(リーンハルトさんは多分……お兄ちゃんを殺した騎士じゃない)
右利きであるし、なによりもそんな事をするような人間には見えない。優しかった兄がリーンハルトと敵対する理由は思い当たらない。
(ヴィルフリートさんも右利きだし……あとはセヴェーロ隊長、か……)
――それとも。
考えているうちに、ユリウスは寝入っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます