第4話 暗翳

 初日の初対面のそんなやりとりがあって、ユリウスは少し不機嫌だった。

「セヴィは、悪い人ではないですよ」

 ヴィルフリートはそう言うが、初対面でからかわれていい印象を持つ筈はない。

 むしろ、自身も迷惑を被ったにも関わらずそう言えるヴィルフリートがお人好しに思えた。


 城内西棟一階円卓会議室。もう三十分もすれば正午を回り、隊の騎士たちがが集まる予定になっている。新規入隊者のユリウスの顔通しのためである。

 王を護る隊士は通常七人と定められている。これは伝統的に慣例として決まっている事であり、欠員が出る事はあっても八人以上になる事はない。

「今は、君を入れても六人しかいないですけどね」

 会議までまだ時間があるためか、会議室にはユリウスとヴィルフリートの二人しかいない。

「どうして七人以下なんですか? 国王陛下を護るのなら、もう少し人数がいてもいいと思いますが」

「それは……」

「……?」

 ヴィルフリートが言葉に詰まっている。

 “伝統”として決まっているのならば、理由など必要ないのかもしれない、と、ユリウスは思った。

「……七人いれば、十分だからですよ。それでも騎士隊は千二百年、途切れてないですし。一般兵もいますからね」

 この時、ヴィルフリートはそう言って誤魔化していた。

 本当の理由をユリウスが知るのは、まだ少し後の事だった。


 やがて六人の騎士たちが集まり、円卓に座った。

「ユリウス=バルシュミーデです。ハルベルグ出身、クラルヴァイン式剣術です」

 そう挨拶をした。騎士隊のうち三人には既に会っているため、自己紹介も形式ばったものになる。

「じゃ、今日はこれで解散かな」

 セヴェーロは場を閉めようとするが、

「隊長、もう少し真面目にやってください。他にも議題はあるでしょう?」

 リーンハルトが止めた。

「じゃあリーンが進めてよ。俺はこういうの苦手でさぁ」

「それも隊長の仕事です」

「俺は苦手だよこういうの。向いていないって、最初に言った筈だよ」

「向き不向きではなく、やっていただかなければ困ります。……それに、貴方は誰よりも隊長に相応しい人間ですよ」

 二人の会話を聞きながら、ユリウスは二人の間にある“自分の知らない何か”を感じ取った。

 自分の入隊前に何かがあったのだろうが、まだ初日のユリウス。今はそれを詮索する気にはなれない。

「議題なら、このヒヨッコガキが本当に使いもんになるのかどうか、ってのもあるんじゃないかね」

 会議に出席していた近衛騎士の一人、ロルフが言った。筋肉質の男で、形相は厳つい。身を斜めに椅子に座り、会議中は終始万年筆で机を叩いていた。

 もう一人いる騎士はかなり老齢であり、服装も制服を着用せず、まるで執事であるかのような簡易なジュストコールを着ている。ヒゲを蓄えて痩せ型の温和な顔つきで、会議中は瞼を閉じたまま一言も発していない。

「失礼ですが、私は国王に実力を認められ入隊しています。貴公は国王の決定を不服と言うのですか」

 少し腹に据えかねて、ユリウスは、円卓の逆側に座るロルフに強めの言葉を返す。

「生意気な」

 苛ついたロルフは、持っていた万年筆をユリウスに投げた。が、それは届く事はなかった。ユリウスの顔前で、ヴィルフリートが受け止めていた。

「……チッ」

 ロルフは舌打ちをして、視線を戻した。

 睨みつけているヴィルフリートと、目を合わせる事はなかった。

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