第3話 水明
それからヴィルフリートは、
「隊長を呼んできます」
と、ユリウスを残して去ってしまった。
だだっ広いエントランスに一人残されたユリウス。
(兄を殺した騎士も、この城の何処かに……)
そう思うと、途端に心細さを感じた。
名前は変えている。が、もし、自分が復讐心を持って入隊した事が知れれば、逆に自分の命が危うくなるかもしれない。
(いや……大丈夫。強い意志を持とう)
そう思って顔を上げた。すると、
「あ……」
二階バルコニーに人影。長身だったのか、階下からでも僅かに髪が見えた。
深く輝くような、ベルベットの銀髪。
「あの……!」
声をかけようとした、その時。
「あっれ? もしかして君って」
背後から声がした。
振り返ろうとしたが、それより速く声の主はユリウスの横に体を寄せていた。
「君ってさ、新入りの子?」
黒目、黒髪、黒サファイアの装飾品。背に伸びる長髪は、後頭部の低い位置で結わっていた。
騎士なのだろう、着崩した制服に剣を提げている。それも二本、左右の腰に一本ずつ。
「は、はい。今日より騎士隊に配属されたユリウス=バルシュミーデです」
「へえ。俺はセヴェーロ。セヴィって呼んでくれていいよ」
自分より年上に見える相手(二十歳前後に見える)だが、セヴェーロの気さくな態度に、
「セヴィ、ですか?」
違和感なく、そう呼べてしまえた。
「そう、そんな感じでさ。で、今隊長待ってるんだよね? 心当たりあるからさ、探しに行こうか」
「え? いやでも今は……」
「いいから」
セヴェーロは構わずに、ユリウスの腕を掴み引っ張った。
が、すぐに動きを止めその腕を見た。
「?」
「君さ、随分腕細いね」
ギクリ、とした。ユリウスは無論国王に実力を認められて入隊をしているのだが、やはり男とは筋肉の付き方は違う。
「いや、これは……」
「ヴィルと同じタイプだね。力よりも技で戦う、って感じかな」
「いや、あの、そのヴィルフリートさんが今探しに行ってて……」
なんて言う声は聞かず、セヴェーロは再び手を引いて、ユリウスを城の中へ引っ張っていった。
それからは多くの場所を連れ回された。
食堂、円卓会議室から別棟の居住棟、地下道まで。
途中で、
「ヴィルフリートさんが探していますから」
と何度か言ったが、セヴェーロは
「いいから」
と、聞かない。
途中途中で、城内の人々に隊長の居場所を聞いた。が、何か茶を濁したような回答しか返ってこなかった。それがユリウスには不思議でならなかった。
「おっかしいな、すぐに見つかると思ったのに」
セヴェーロは飄々と言うが、散々歩きまわってユリウスは疲れていた。
聞いていた話では、そもそも隊長は、入り口まで新入隊員を迎えに来る筈である。そう思うと、見つからない隊長には余計に不信が募った。
「あの……」
「なんだい?」
「城の人たちの反応が、何か不自然です。もしかして、隊長はわざと私達を避けているのではないのでしょうか。城の人たちもそれを知ってて……」
ユリウスがそう言うと、セヴェーロは口元に微笑を浮かべた。“嬉しそう”な表情、ユリウスにはそう見えた。
「……そうかもね」
「……?」
そんな反応には違和感を感じた。
「でもそれにしてもすぐに見つかると思ったけどな。何しろ隊長は背が高くて、しかも銀髪だから遠くからでもよく見えるしさぁ」
「銀髪……?」
言われて、思い当たる。銀の髪なら見ている。
「何? 見覚えあるの?」
「あの! エントランス上の二階バルコニー、ってまだ探してませんよね?」
急いでエントランスに戻り、階段を駆け上がった。
ヴィルフリートはいなかった。城の奥へ探しに行ったまま見つけられずにいるのだろう。ユリウスたちとも行き違いになっている。
(人を待たせておいて……!)
そんなヴィルフリートの事もあって、ユリウスは、隊長とやらに怒りが湧いてきた。人が散々探し回っているというのに、当の本人はバルコニーで呑気に陽でも浴びているのかと思うと、文句の一つも言いたくなる。
階段を上がりきると、水の音が聞こえた。噴水ではない、如雨露からささらぐ柔らかい水の音。
人がいる。
「やっと見つけ……」
ユリウスはその男の姿を見て、……刹那に、目を見張った。
外に付きだしたバルコニー、陽光の下。
色美しい花々と、緑鮮やかに溢れる草木。
――その美しさと鮮やかさが、色褪せて見えるほどに輝く銀髪。
「隊長……」
まるで絵画のような艷麗さに、途端に怒気が失せたユリウスは静かに呟いた。それでも聞こえていたのか、銀髪は振り向いた。
(百合……)
を、連想した。それほどに白く美しい肌だった。セヴェーロよりも年上に見えるが、時間の外に生きているようにすら見える。そんな男だった。
しばらく見とれていたユリウスだったが、やがてハッとして、
「や、やっと見つけました! 背が高くて、銀髪で……人の事待たせておいて、こんなところで優雅に水やりなんかしてて!」
「……」
「どういう事ですか、隊長!」
言われて、銀髪は真鍮の如雨露の口を上げた。
「ぷっ……」
と吹き出した声は、ユリウスの背後から。
「あはははははははははは!」
突然、セヴェーロが笑い始めた。その声がバルコニーに響く。
「……?」
ユリウスには、その大笑いの意味が分からない。自分はようやく隊長を見つけて、安堵や怒りこそ感じても笑うような心境ではない。
「はぁ……」
銀髪の男は、呆れたように溜め息を吐いた。そして、
「……またですか、“隊長”」
そう言った。その言葉の意味がすぐに理解できず、
「え?」
ユリウスは、疑問符を浮かべた。
「あはははははははは! ちょっとからかっただけだよ!」
「え……」
「そうだよ、俺が隊長だよ。そいつは隊士のリーンハルトさ。君、ずーっと気づかないから、面白くってさぁ!」
「ええええええええぇぇぇ!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます