第2話 涼風

 石畳の街道にレンガ造りの建物が並び、大通りには交易商人たちの市場が並ぶ城下都市。


 王国・ファルイシア。


 ユリアーネは出自・経歴を変え、家督を捨て姓を変え、顔つきも変わるほどの鍛錬を重ね、さらに。

「……通行許可? 君の名前は?」

「“ユリウス”。ユリウス=バルシュミーデです」

 性別までも偽った。騎士隊に潜入し、兄の仇を討つために。


 ファルイシアで一言に“騎士隊”と言った場合、“国王直属近衛騎士隊”を指す。

 騎士隊とは別に六万の兵力を有する国軍としての騎士兵団(一般兵と呼ばれる)が存在するが、“国を守る”ための職業軍人としての性質が強く、“王を護る”近衛騎士たちとは役割が違う。

 その騎士隊は建国以来1200年以上もの間、一度も途切れていない。単純に強いからである。そんな騎士たちを倒すには、正面からでは現実的ではないだろう。それに、倒すべきは兄の仇だけである。

 “暗殺”、それが最善だと考えた。


「とは言ってもねぇ……隊長さんから話を聞いていないんだよねぇ」

 城門前の跳ね橋。

 監視小屋の守衛に、ユリウスは入城を拒否されている。

「そんな筈はありません。私は確かに国王からの任命を受け、本日より騎士隊に配属される事になっています」

 騎士に見えない筈はない。ユリウスは思った。

 ずっと伸ばしていた赤毛の髪も短く切り、コルセットで胸も潰している。泥砂の中続けた毎日の鍛錬は男性的な臭いもつけただろう。

 それに何より、一等品の剣も持っている。

「しかし……」

 なおも渋る守衛。

 守衛にも理由がある。対外戦争と国境警備を主任務とする一般兵と、王を護る事を最優先とする近衛騎士たちとでは、“王までの距離”が決定的に違う。邪心を持ったものを騎士と誤認し入城させれば、守衛は職を失いかねない。


 と、

「どうしましたか?」

 不意に、横から割り入る声。爽涼さを感じさせる、透き通る声だった。

 ユリウスが目を遣ると、そこにいたのは一人の青年。

(この人……騎士だ)

 そうすぐにわかったのは、濃紺の騎士隊制服を着ていたからである。かつては貴族的な装飾もあった騎士隊の服装も、近年は機能的な“軍服”としての性質が強くなりデザインにも無駄がなくなっている。

 髪は短いブロンド、碧い眼、年の頃はユリウスと同じくらいに見える。左腰に剣を提げていた。

「守衛、何故橋を下げないのですか?」

 その青年が守衛に詰め寄った。

「いや、そんな話は聞いていなかったもので……」

「隊長が忘れたのかな……しかし彼は歴とした騎士だ、僕が騎士の誇りにかけて保証する。失礼のないようにしてほしい」

「は、す、すいません……」


 しばらくして跳ね橋は下ろされ、ユリウスは城門をくぐれた。青年は親切にも、そのまま城内まで案内してくれた。

「大変でしたね。本当なら新規入隊者は、隊長が迎える事になっているのですが……」

「私もそう聞いたのですが、その隊長が見当たらなくて……」

「でもあの守衛さんの事、悪く思わないでください。彼は職務を遂行しただけですから」

 城門をくぐると広いエントランスホール。端には二階バルコニーに上がる大階段がある。

 大理石の柱が並び、奥へ続く廊下は終わりが見えぬほど長い。エントランスを照らす採光窓、吊られたシャンデリア。城の構造がまだ分かっていないユリウスは、一人で歩き回れば迷いそうだった。

「君は……確かユリウスでしたね」

「はい。……あ、もう名前を知っているのですか」

「僕と同い年と聞いてますから、会えるのを楽しみにしていたんです」

 青年は、右手を差し出した。握手を求めている。ユリウスは、それに応えて手を取る。

「僕はヴィルフリート。ヴィルフリート=シュバルベンシュバン」

「……!」

 その名前を聞いて、ユリウスは反射的に手を離してしまった。


 “ヴィルフリート”。兄を殺した可能性のある三人のうちの一人。


 体は細いが、剣筋は燕より速く蝶より自在、影すら斬ると謳われる。

「? どうしました?」

「あ、いや……」

 ユリウスは視線を落とした。ヴィルフリートの剣は、左腰。

(右利き……か)

 ユリウスは思った。

 兄は右肩口から刺し殺されていた。相手は左利きではないかと考えている。

「ごめんなさい、名のある騎士様でしたので、驚いてしまって」

 そう言うと、ヴィルフリートは笑顔を見せた。

「そんな大それたものではありませんよ。同い年ですから、気兼ねずに接してくれると嬉しいです」

 涼やかな笑顔だった。

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