第98話『捕るな、捕るな、捕るな』

 北条の二回戦の対戦相手は、昨年の秋季地区大会で北条を初戦敗退に追いやった開催地屈指の強豪校・堀西学園であった。

 宮辺と同じくサウスポーエースがこれまでゲームを作り、一人で投げ抜いてきている。両左腕投手による投げ合いが、今試合の鍵を握るだろう事は、想像に易い。

「よし、いいぞ。序盤から落ち着いてる」

 初回を三人で抑えた宮辺に、田城は優しく声を掛ける。

「うっす」

「次もこの調子で頼んだ」

 ポンッと宮辺の頭を軽く叩いてエールを送る。

 とは言え、容易たやすく抑えさせてくれる程、また、容易く打たせてくれる程、生易しい相手ではない事など、どのメンバーも百も承知だ。

 四回裏──。

「惜しい、めぐ先輩っ! 今のはライトが良い位置だった!」

 パチンッと武下はベンチで指を鳴らす。どちらも無得点のまま、先制点を狙う北条は、ワンナウトで走者を一塁に置き四番を迎えたが、放った打球は地面に落下する事もなく、ライトにダイビングキャッチされる。

 続いてネクストバッターズサークルへ向かう翔斗に、武下は声を掛けた。

「次、キャプテンが繋いでくれっから、オマエも続けよ!」

「当たり前だろ!」

 ニッと颯爽に駆けて行った翔斗だが、この回を攻撃する機会は結局訪れず、次の回へ持ち越しとなった。


 五回表、四死球を出す事もなく、ここもテンポ良く三人で抑える宮辺に、北条の監督は正直震える。

 ……田城の配球も申し分ないが、どうした宮辺? ほぼ理想通りのピッチングができているぞ。こんなに頼もしいオマエを、入部以来初めて見たかもしれん……。

 大絶賛だ。が、今ここで誉めると調子に乗るので、心の内に留めておく。

「凄いですね、宮辺くん」

 するとマネージャーである娘が、父親の心情を汲み取ったかのように話し掛ける。

「気持ちの面でも強気で、堀西学園相手にこんなに気迫のこもった投球ができるなんて……なんだか去年の仇打ちみたい」

「同じ相手に二度負けるのは許さんからな。昨日キャプテンにもそうハッパをかけてる」

 無表情で返す監督に、桜は「ですよね……」と苦笑いした。

 そんなやり取りをしている間に、今度こそバッターボックスに翔斗が立つ。

 頑張って、翔斗くん……! と桜は静かに念力を送った。


 何か念を飛ばされてる気がする……と翔斗はバッターボックスで強く思った。出所に心当たりはないが、なんとなく、桜かなと頭を過る。

 ……もしそうなら、やるっきゃねぇよなっ!!

 そう意気込むと同時に、三投目に来た変化球を、打ち抜いた。


「これまた惜しいっ! 今のはセカンドの好プレーだった!」

 一二塁間を抜けようかという翔斗の打球を、セカンドが飛び付いて止め、武下は再びベンチで指を鳴らす。

「ピッチャー だけじゃなく、良い守備してんねー」

 と、バット片手にネクストバッターズサークルへ向かう宮辺の背中へ、武下が喝を入れる。

「簡単に終わんじゃねーぞ!」

キミに繋ぐから、見てろよ」

 軽く頷くと、宮辺は走っていった。


 続く打者を三振に打ち取った堀西学園エースは、自らのピッチングに惚れ惚れしていた。

 ……ヤベッ、自分でも怖いぐらいに今日ノッてんなぁ。

 バッターボックスに次に現れたのは北条エースだ。

 宮辺くん……自分と似たタイプだけど、こっちは打てるピッチャーなんだよなぁ。一年なのに素晴らしいよ。

 気持ちが昂り口元緩々になりそうなのを堪えながら、堀西学園エースはワインドアップする。

 キミは是非とも、抑えたいものだねッ! 

 次の瞬間、低めインコースを狙って放った投球ストレートが、左打席に立つ宮辺の右足首に、勢いよく直撃した。

「ボールデッド!!」

 審判のコールなど耳に入らなかった。堀西学園エースは、苦悶の顔でうずくまる宮辺の様子に、青褪めた。


「大丈夫か?」

 監督からの問い掛けに、

「これぐらい、何ともないですよ」

 と、宮辺は片目を瞑って明らかに強がってみせる。

 結局、臨時代走が送られる事になり、宮辺はベンチに下がって応急処置が施されていた。負傷したのが軸足ではないものの、投球にどう支障が出るか分からない。

 幸いにも、北条の攻撃が終わればグラウンド整備でインターバルに入る。監督としては、後半戦が始まるまでに様子を見て判断したいところだ。

 宮辺は打席に立つ次打者を見やる。

 ……繋いだんだから、キミこそ、ここで終わんなよ。


 そんな事は武下も十二分に分かっている。

 だから何球か見た後、その次の、動揺が入り混じって甘めに来た球を、叩いた。

 弧を描き、センターが決死のダイビングを図る。

 捕るな、捕るな、捕るな……! 武下は祈るような気持ちだった。

 必死な祈りはセンターのグローブを掠めさせ、打球は地を跳ねる。

「っしゃあ!回れ回れ!」と自陣から声があがり、代走走者は三塁を目指す。カバーに回ったライトが打球を捕るのを見るが、走者は賭けに出たように三塁ベースを蹴った。

 ライトがバックホームをする。走者はホームベースに手を伸ばす。

 ノーバウンドでダイレクト送球されたボールは、キャッチャーのミットに収まり、間髪入れずに走者をタッチした。

「アウトッ!」

 審判のコールが響き、堀西学園側からは歓喜の声、北条側からは落胆の声が漏れた。 

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