第96話『ドッキリだにょ』
北条が初戦勝利をした前日、共に県代表として地区大会へ参戦していた白付は、こちらも勝利を掴んでいた。
中一日置いて、北条と同じく翌日は二回戦が待っているのだが、しかし何故か白付の一部の部員は、この日の夕方、宿泊していたホテルを後にしていた。
「まさか宿の手違いで、老人会とダブルブッキングされて追い出されるなんて……人生最大のドッキリだにょ」
と、思わず冗談を漏らすのは、ブラコンマネージャーの加菜。
「でもまぁ、追い出されたのは一年生だけだし、先輩達はそのまま宿に残れたから良かったじゃない」
と、三葉がフォローを入れると、
「よくなーいっ! お兄ちゃんと何日も離れ離れで過ごさなきゃなんないのにっ!」
眼鏡をカクカク上下に揺らしながら、加菜は抗議する。
うわぁ、どんだけブラコン……と三葉が遠い目をしていると、
「なんだよ
と、背後からキャラに似合わずキザな表情で忍び寄るのは千宏だ。加菜はゾワワしながら、
「いえ、間に合ってます。自分、葵ちゃんに添い寝してもらうんで遠慮しとくッス!」
「アンタ、それ以上加菜に近寄ったらマジでキャプテンにチクるからね」
ボディガードよろしく、三葉は睨みを効かせる。
「アハハ、やだなー。冗談に決まってんじゃーん。本気にすんなっつーの」
と、爽やかにその場を離れるものの、冗談で言っている感じがしない……。
「なんなの、あの男? なんでこないだから急に加菜の事あだ名で呼んだり、たまに変な目で見てんの?」
コソッと三葉が尋ねると、
「分かんないけど、こないだボール拾いしてる時に眼鏡外して拭いてたら、急にハグしようとしてきて、
そこから様子がオカシイのだよ、と加菜は人差し指を立てる。
「……加菜、一瞬だけで良いから眼鏡取ってみて」
三葉の要望に、「ふえ?」と加菜が瓶底眼鏡をズラしてみると、なるほど……なんだか誰かに似てる気もしなくもないかも……と、一人納得する三葉だ。加菜はキョトンとしながら眼鏡を掛けると、
「ところでさぁ、ウチら、どこの宿に向かってんだろねー。まさか野宿??」
ゾロゾロと歩きで移動しているのだ。
「さぁ……すぐ近くの安宿って聞いたけど」
すっかり暗くなってきたというのもあるが、未だ周りに建物らしき建物が見えて来なかった。
「あ、翔斗くん。素振りしてきたの?」
と、ホテルの廊下で桜が声を掛けた。
「おぅ。もうすぐミーティングの時間だから、切り上げてきた」
バット片手に翔斗は言うと、ふと気付いて、
「そういえば、今朝の事……まだちゃんと謝ってなかったな。ごめん」
今朝の事というのは、野郎共と間違えて女湯に入り桜と遭遇した事だ。
桜は顔から火が出そうになりながら、
「う、うん、間違えたなら、仕方ないね……」
しばし二人の間にもぞもぞとした感情が湧き上がる。
「じゃ……じゃあ私、ミーティングの準備しなきゃだから、行くねっ」
と、駆け出した桜は、焦るあまりツイーンッと踵から器用に足を滑らせた。
「きゃっ……!」と天を仰ぐ形ですっ転びそうになる桜を、ガシリッと翔斗がその背中を支える。
「大丈夫?」
「あ、ありがと……」
ほんのり頬を赤らめながら見つめ合う二人……。すると桜の目が、こちらを見ている三葉の姿を、捉える。
「っえ?! 三葉ちゃん??」
これに翔斗も顔を向け「なんでここに?」と目を瞬かせるが、桜は翔斗が自分の背中を支えたままの状態になっている事にハッとして、
「これは、違うのっ!」
と、なけなしの腹筋を使い必死に身を起こす。
「その、転びそうになったところを助けてもらっただけだから! 本当に、それだけだから……!」
と、青褪めて弁明すると、今度は躓かずにターッと駆けて行った。終始無言だった三葉は漸く口を開き、
「……桜ちゃん、大丈夫? 物凄く様子が変だったけど」
「確かに最近たまに変なんだよな……」
と、翔斗は神妙に頷き、
「てか、本当になんで三葉がこのホテルにいんだよ?」
「だって、今日からここが、私達の宿なんだもの」
三葉が事の経緯と、プラスアルファで面白い話をするものだから、翔斗は危うくミーティングに遅れるところだった。
夕食後、振り足りなかった分をやり終え、ひと風呂浴びた翔斗がホテルのロビーを通ると、思わず声をあげそうになった。
前髪をちょんまげ結びにした膝上丈パーカー一枚の小柄な女が、顔面パック姿でソファに身を沈めていたからだ。
「あら、誰かと思えば佐久間くんじゃない。武っちだったら、塁間ダッシュかまさないといけないとこだったわ」
と、声を掛けられ、
「まさか、小柳?」
「どーもぉ、野球部のアイドル、新聞担当の万理タンでーす♡」
と、顔面パック女が、ふざけてダブルピースでポーズをキメる。
「……んじゃっ」
と、スタスタスタと去ろうとする翔斗を、
「まぁ待ちなさいよ、もう寝るだけでしょ? 五分ぐらい睡眠時間が減っても、明日の試合には支障ないと思うの」
ちょっと相手していきなさいよ、と万理が横のソファを手のひらで指し示す。
こいつ苦手なんだよなー、と翔斗は思うものの、そういえば……と思い直して、素直に横のソファに座った。
「良い話し相手が通ってくれて良かったわ。原稿、根詰めてたからちょっと休憩。本当は、推しカプに妄想捗って二次創作なんか執筆しかけたけど危なかったわ…… 思い止まった自分を心底褒めたい」
『推しカプ』? と翔斗は首を傾げながら、
「……大変だな。良い原稿、できそうか?」
「私をナメないで頂きたいわ、佐久間くん。これでも中学時代は、さくタンと『黄金コンビ』と放送界で謳われていたのよ。制作をやらせたら私の右に出る者はいない」
と、顔面パック女はドヤる。
「ソイツはスゲーナ」と少し棒読みになってしまうが、翔斗は気を取り直して、
「なぁ小柳、桜ってさ……中学ん時どんなだった? 最近ちょっと思うとこあって」
「さくタン? 今と変わらずメタメタに可愛かったけど?」
「じゃなくて、女子とは、どうだった?」
すると、「あー……」と万理は首を凭れさせて照明を眺めると、
「あんまり他人の過去をベラベラと話したくはないんだけど、佐久間くんには隠してても仕方ない気がする。いいわ、ここから先は私の勝手な独り言。……さくタンね、中学の頃、私以外の同学年女子から、総スカンされてたの」
……やっぱりか、と翔斗は思った。
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