第92話『どうすりゃ良い』

「なんだ、ありゃ?」

 翔斗は、意外な人物が練習場に立ち入って視察しているのを不思議に思い、目を瞬かせる。

「今度、学校新聞で地区大会の記事を、まりりが書く事になったんだってー」

 と答えるのは、部室の横でボール磨き中の桜だ。

「なんで小柳が?」

「さぁ? でも、原稿作りとか制作系は得意だから、適任だと思うよ」

「ふーん。にしても、よくこの中に入れたな」

「田城先輩も最初は立ち入りを断ったんだけど、大貫先輩が出てきて特別に許可したって話みたい」

 万理は『部の事で何か困った時は、俺に言え』カードを使ったようだ。

「なんなんだ、あいつのその謎な権力……」

 桜はクスッと笑うと、

「まりり、わりと凄い事を平気でやっちゃう子だから」

 やっぱ只者じゃねぇ、と翔斗は息を呑む。すると、ふと思い出して、

「あ、悪い。そういや、こないだ三葉から伝言頼まれてたんだった」

「えっ、三葉ちゃんから?」

 なんとなく、桜は翔斗の肘の擦り傷跡をチラリと見やる。

「桜にヨロシクって。ホントは見かけた時に挨拶しようとしたけど、金髪ギャルと話してたから遠慮したって言ってたぞ」

「金髪……」

 桜の顔が明らかに強張った。

「何、友達?」

 翔斗の問い掛けに桜はゆっくりと首を横に振り、

「ううん、顔見知りなだけ……」

「……そうか」

「三葉ちゃんが言ってたのって、それだけ?」

「あぁ、うん」

 桜はホッとしたような面持ちになって、

「じゃ、しっかり言付かりました! さてと、ボール、磨き終わったから持って行かなきゃ」

 よいしょ、とカゴを持ち上げる桜に、

「手伝うよ」

 と、翔斗は言うが、

「ううん、良いの。翔斗くんは自主練に励んでください」

 ニッコリ微笑み、足早に運んで行った。

「……目に見えて、変だ」

 翔斗は一人呟くと、

「俺もそう思うっ」

 いつの間にか後ろに立っていた武下が、うんうんと頷いた。

「オマエは忍者かッ」

「いやー、こないだの試合の後に、宮辺達と取材受けたじゃん? 俺だけ先に終わったから一人で待機所まで戻ってたんだけど……」

 武下はツッコミをスルーして勝手にベラベラと話し始めた。

「途中で桜ちゃんと女子二人が話してるとこ見かけてよ。なーんか不穏な空気だったから声掛けようと思ったワケ。けどタイミング悪くその二人帰って行っちゃって」

 ふむふむ、と翔斗は相槌を打ち、いつの間にか耳を傾けている。

「で、桜ちゃんに『何かあった?』って聞いたら、『同じ中学の同級生と偶然会っただけ』だと」

「同じ中学? さっき『顔見知り』とか言ってたけど」

「オマエんとこの、一学年一クラスしかない、皆お友達中学と一緒にすんな。この辺だと八クラスはザラにあるっつーの」

「……二組あったし」

 少しぶっきらぼうに翔斗は言う。

「いいか、問題なのはここからだ。どうも気になったから、同中の万理ちゃんが何かその二人知ってるんじゃないかと思って聞こうとしたの」

 距離を詰めてくる武下に翔斗は軽く仰反る。

「なのにどういうワケか、先輩とか他の奴らに何度もジャマされて、決勝以来、万理ちゃんとまともに会話できてねーんだよッ」

「は?」

「じゃあ、家に帰って電話すんじゃん。そしたら『今年一番の大勝負で忙しいからまた今度』とか言われて、俺もう、どうすりゃ良い……!?」

「てか、あそこにいんじゃん」

 翔斗が親指で示す先では、万理が自前の一眼レフ(望遠レンズ付き)をグラウンドに向けて試し撮りをしている。

「そんなん先輩らの目を盗んでとっくにトライしたわッ。『ジャマしないで』ってブチ切れられたけどなー!」

 万理ちゃんと絡めない日々なんて味付けもないフカヒレ同然だぁぁぁ、と武下は嘆く。

「……オマエ、先輩達から小柳に手ェ出したとか思われてんじゃねーの」

 真面目に話聞いてアホらしっ、と翔斗は武下を置き去りにしてグラウンドへ向かった。


「ありがとう、早乙女」

 宮辺は、投球練習場までボールカゴを運んできた桜に微笑み掛ける。

「いえいえ、どういたしまして」

「あれ、落ち葉、髪の毛に付いてるよ」

 宮辺が桜の横髪からヒョイ、と取り除いてあげる。

「あぁ、ありが──」

 ──オマエさ、男に近付くのマジ止めろよ。

 ──自分じゃ気付いてない所で他の女子傷付けてんの分かんねぇワケ?

 桜の脳裏に、とある光景がフラッシュバックし、その瞬間、桜は持っていたボールカゴを思わず落とした。

「あっ……!」

 せっかく愛情込めて磨いたボール達が、カゴから逃げてしまう。

 いけない! と、桜は慌てて拾い出す。

「あーあ、もう何やってんだよ。しょうがないなぁー」

 と、言いながら、宮辺はどことなく嬉しそうに拾うのを手伝う。桜は青褪めて、

「え、良いよ! 大丈夫だから」

「二人でやった方が早いじゃん?」

 ニコニコとした表情の裏では、宮辺は完全に勘違いしていた。

 ……僕が髪に触れたから、早乙女、気が動転しちゃってカゴ落とした? これはもしかして、意識してくれてるんじゃ……?! だよねー! 県大会、僕めっちゃくちゃ頑張ったし! おっし、地区大も超絶頑張ろっ!

 そんな事を考えている事など知る由もなく、どうか宮辺ガールズの皆様にバレませんように……! と、桜はカタカタ震えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る