球児、清楚美少女に癒される。

第93話『武士っぽい大和撫子』

 地区大会まで一週間を切ったある日の事──。

「あの……野球部に何か用ですか?」

 桜は、さっきから部室の前で行ったり来たりしている不審な女子生徒に声を掛けた。一瞬、マネージャー希望かとも淡い期待を抱いたが、明らかに剣道着を身に付けていてはそれも望めない。

「あっ、決して怪しい者ではないです……!」

 と、剣道女子が手の平を左右に振り怪しげな発言をする。

「私、剣道部主将の高坂こうさか亜実と申しまして、ワケあってこちらの田城主将にお目通り賜りたく参りました」

 日常ではあまり聞かない言葉遣いに、桜は「はぁ……」と目をパチクリさせる。

 まさか、道場破りじゃないよね? と半分真面目に思う。

「大変不躾ではありますが、今どちらにいらっしゃるかご存知でしょうか……?」

 ショートヘアのよく似合う袴姿の清楚な美人が野球グラウンドをウロつくのは別の意味で危険だが、それ以前に部外者が敷地内に足を踏み入れるのは由々しき事だ。

「それなら私呼んできますので、ここで待っていてくれますか?」

 と言いながら駆け出す桜に、

「ご好意、感謝します……!」

 と、両手を横に添えてキチンと頭を下げるものだから、なんだか武士っぽい大和撫子さんだなぁ……! と少し感動するのだった。



「なんだ? 高坂こうさか

 そう時間を掛けずに駆け付けた野球部主将を認めて、

「あああ田城くん! すみません、お忙しいところ呼び立てる真似をしてしまって!」

 剣道部主将が三十度の角度で何度も立礼をする。

「何もそこまで恐縮しなくても」

 と、冷静にツッコむと、

「それで? 練習時間にここへ来るなんて急用なんだろ?」

「あうっ、実は、その、大変お恥ずかしいんですが……」

 おずおずと言い淀むので、

「何でも言えよ。同じクラスでキャプテン同士なんだし」

 と、田城が優しく微笑んだ瞬間、

「ではお言葉に甘えてっ! 昨日のですね、キャプテン会議の内容、教えてくださいっっ!」

 神に懇願するかの如く、高坂は田城に泣き縋った。

 ちなみにキャプテン会議とはその名の通り、体育会系部活動の各主将が集まる定例会時間の無駄だが、毎回宿題を与えられる上に参加しないと部にペナルティが与えられる一種の拷問だ。尚、運営は生徒会なので逆らえない!

「そうか、昨日のキャプ会に高坂いなかったもんな」

「はい、合同稽古に出ていたので。代理を送ったのですが、その子、目を開けたまま寝てて話聞いてなかったみたいなんです……」

 器用だな、と田城は感心した。

「その事を今し方聞きまして。このままでは、このままでは剣道部は活動ててててていしに」

「落ち着け高坂、そんな事にはさせないから」

 と言うなり一旦部室に引っ込むと、ノートを片手に出て来た。首を傾げる高坂に、田城はページをめくり、見せながら、

「ここに昨日の内容を全部取ってあるから、貸すよ。主な議題は来月の文化祭についてだった。宿題は部で催しをするか否か。する場合は計画案の提出──」

 気が付けば、側でノートを眺める高坂がジッと田城の顔を見つめていた。どうでも良いが女子にしては上背があるので視線が近い。

「……どうした?」

「田城くんは、神様です」

 他意もなく真顔で言われ、田城は思わず苦笑いした。

「神でも仏でもないよ。ただの球児だ」

 すると突然、高坂がハッとして三歩後ずさった。

「って私、さっきまで防具付けてたので匂いますよね! 無配慮に近寄ってごめんなさい!」

「いや、それなら俺も防具プロテクターで汗臭いし……」

「いえいえ! 私、田城くんの匂い好きですよ」

「え」

 一体どんな匂いだ? と田城は少しだけ気になってしまう。

「は、私ったら! こんな物言いをしたら、まるで変態みたいですね! 違います、そうじゃなくてですね……!」

 一人でオタオタとする様子が可笑しくて、田城はつい吹き出してしまった。

「ハハハ、本当面白いよな、オマエ」

「……田城くんが笑うところ、久しぶりに見ました」

「そうだっけ?」

 高坂は頷いて、

「ここ最近、お疲れのようでしたから。寝れてないとも前におっしゃってたし……」

「大丈夫、今はちゃんと寝てるよ」

「それなら安心しました。ですがくれぐれも、無理はされないで下さいね」

「あぁ、ありがとう」

 しばし二人の間に、ほのぼのーとした和やかーな空気が漂う。田城から渡されたノートを丁寧に受け取ると、

「貴重な練習時間を頂戴して、すみません……野球部は週末から地区大会ですよね。ご武運をお祈りしております」

「剣道部も今月、新人大会控えてるんだろ? 頑張れよ、大将」

「精一杯励みます。活動停止の危機を救って頂いて、このご恩は生涯忘れません。こちらのノートも未来永劫、道場におまつりしたいと──」

「祀らないで良いから次までに返してくれ」

「あ、はい」

 ではお邪魔致しました、と腰を綺麗に折ってから踵を返し去って行った。その美しい一連の所作を、田城は眩しそうに目で追っていると、

「見ちったよー♪」

 恵が愉快そうな表情で現れた。

「なんだ、どこから出て来たんだよ」

「今の、有力候補の高坂亜実じゃん。いっやー、まさか二人がデキてたとは。タッシーもヤルねぇ」

 ウリウリと恵は肘で田城にちょっかいを掛ける。

「何言ってんだ恵? 俺も高坂も単にクラスメイトとしか思ってないぞ」

「それにしては、随分と高坂に熱い眼差しを送ってたけど?」

「あぁ、あれは……」

 珍しく照れ臭そうにする田城を、恵は興味津々に見た。

「高坂の下の名前『亜実』って言うだろ? ウチのご本尊と同じ名前だからか、あいつ見てると、なんか妙に癒される気がするんだ」

「……」

 おい、それって阿弥陀如来の事か……? 嘘だろ、『あみ』しか被ってねーし……てか、どゆ事ッ?!!

 とは恵の心の叫びである。

「タッシーってさ」

 ん? と田城は柔らかな笑みを恵へ向ける。

「性格も優しいし塩顔で女子受けしそうなのに、彼女いない理由が分かったわ」

「はぁ?」

「恋愛ポンコツな奥手くんだったとは……」

 同情よろしく、ポンッと田城の肩に手を置いた。

「誰がポンコツだッ。あのな、別に彼女欲しいなんて思ってねぇから」

 半眼で田城は言い放つと、

「あぁ、そうだ恵。少し気になったんだけど……俺ってさ、どんな匂いする?」

 突飛な質問に恵は眉を寄せながらも、鼻をスンスンさせて正直に答えた。

「汗と土と線香の混じった何とも言えない匂いッ」

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