第90話『狙います』
「ショートッ!!」
打たれた瞬間、宮辺が声をあげる。翔斗は腕を伸ばし飛び付いた──。
七回表で三点を勝ち越した北条は、その後の白付の猛追を振り切り、決勝戦は最終局面の九回裏を迎える。
ツーアウトで打席に立った千宏は、気迫に満ち満ちていた。
……こちとら夏の早い段階から準備してきたんだよ。これ以上、あいつにヤラれてたまっか。
眼光鋭く敵を見やり、バットを構えてマウンドに注力を移す。
「来いやオラァ!!」
柄の悪いバッターに、マウンド上のプリンス様は動じる様子もなく、ワインドアップしてミット目掛けて腕を振った。
桜は、その瞬間を一時も見逃す事なく目に焼き付けた。
千宏が三遊間に放った打球を、飛び付いた翔斗が捕り、身を起こすと素早くファーストへ送る。千宏は疾走してベースを踏む。だが僅かな差で、送球は、ファーストのミットの中へ収まっていた。
「……アウトッ!!」
塁審の判定が重く轟くや否や、一塁側からけたたましく歓声があがり、この瞬間、秋季大会の県王者が決まった。
北条ナインは一斉にマウンドへ駆け集まると、飛び上がって喜びを分かち合う。
「皆、凄い……!」と、桜は目に涙を浮かべて、えくぼを覗かせるのだった。
「そら当然やな。春から行くガッコー(仮)にテッペン取ってもらわな、割に合わんわ」
ついに参考書を一ページも捲る事なく、ネット中継に時間泥棒されている
「まーでも、俺がいいひんとやっぱアカンなぁ、このチームは。攻撃に華がないねん。センバツまで行けるか微妙やな」
キシシ、と愉快そうにシャープペンを回す。
「っあー!! ほんで早くあの天使ちゃんに会いたいなぁー!!」
悶えながらクルクルと椅子ごと回っていると、
「崇成ー!!」
いいかげんにしろ! と母親から怒鳴られた。
「キャプテン!」
と呼び止められて、思わず大貫は苦笑いし、
「『キャプテン』はオマエだろ、田城」
「あ……すみません、つい。お久しぶりです。試合、観に来ていただいて、ありがとうございます」
と、田城は頭を下げた。
閉会式も終わり、一同は球場の外で関係者に挨拶を交わしている。完投した宮辺や、途中出場ながらツーランホームランで貢献した武下、加えて今大会の活躍が光っていた恵は、取材対応に追われなかなか解放されない。
「よくここまで上り詰めたな。オマエの努力の賜物だ。どれ程頑張ってチームを引っ張ってきたのか、充分伝わったぞ」
「いえ……チーム全員のおかげです。それに、先輩方の背中を追って今までやってきたんです。自分達だけの力じゃありません」
「オマエらしい返答だ」
フハッと肩を揺らしながら、
「俺達の背中なんか、とっくに抜いてるだろ。地区大会も期待してるぞ、頑張れ」
「先輩……」
田城は目頭が熱くなるのをグッと堪え、表情を引き締めると、
「はい! ベスト4入り、狙います!」
大貫は目を細め、思い出していた。
──今年の新入生、なーんか大人しいんだよなー。俺らの頃はこう、ガツガツしてたというか。大貫がビビらしてるせいかな?
──何を言う、俺はビビらせてなどないっ。あいつらが勝手にビビってるだけだ。
──えー……ヤダ、自覚ない先輩って怖ーい。
──殴るぞ毅。……あぁ、だが一人、田城って奴は骨がありそうだな。
──あー、捕手陣だっけ? 優しそうな塩顔って感じの。
──少し優しすぎる節はあるがな。あいつがこれからどう化けてくれるか、楽しみだ。
「……本当に、化けてくれたもんだな」
「え?」
大貫のつい溢れた言葉に田城はキョトンとする。
「いや、なんでもない」
「そういえば、岩鞍先輩も一緒だと聞きましたが、見当たりませんね? 挨拶したかったんですが……」
と、辺りを見回す。
「あぁ、あいつは……先約があるとかで
「
大貫はギリッと歯軋りすると、
「あの野郎、何が『女房はオマエだけ』だッ。俺に黙って愛人をこさえてたとは、やはり
何か怒りが明後日の方向に向いている。
「あの、確か恩女に妹さんがいるハズなんで、愛人と決まったワケではないのでは……?」
という田城のフォローが、この時の大貫の耳には届いてなかった。
「田城、オマエは秘密の愛人なんかいないよな?!」
「そういう暇ありませんからッ」
食い気味で問い詰める先輩に、真顔で即答する後輩であった。
一方、その頃の岩鞍はと言うと──。
「
「あ、ノリくーん!」
女学院の校門の前で、キャッキャウフフとロリ系美少女を力一杯抱き締めている顔面男前の様子を、女学院生が羨望の眼差しで眺めている。
「今日、優太が完投勝利してたよ」
「え、ユウくん凄い!
「ちゃんと写真撮りまくってきたから、あとで一緒に見よう」
「うん♡」
果たして、このロリ系美少女は、岩鞍の愛人なのだろうか……?
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