第86話『天使VS女神』

「北の北条ほくじょう、南の白付しらふ」──そう称される両チームが対戦するカードは、熱い。

 その人気ぶりに、観客は元より、ローカルテレビ局も中継に本気を出してくる程である。

「ほほー、報道陣もカメラの台数増やしてくるとは、ウチの美人マネを撮ろうと必死ですな」

 メガネを光らせて加菜が一人冗談を呟く。

「ふふふ、良いぞ良いぞ。思う存分その美貌を県内中に知らしめておくれ。そして皆で愛でようではないか」

 不敵に笑うマネージャーの変態的様子に、隣のスタンドメンバーがビクつく。

 てか、ベンチ入りの記録員をカメラが抜くワケねぇじゃん……。

 そう心の中でそっとツッコミを入れるのだが、加菜の冗談はあながち的外れでもなかった。

 野球グラウンドに不似合いなビジュアルを持つ両校の記録員が揃えば、カメラが放っておくハズもなく、巷では現在「北の天使ほくじょうVS南の女神しらふ」という熱き戦いが静かに盛り上がりを見せていた──。


「うわっ、この記録員って早乙女桜じゃん?」

「あーマジだ。髪短くなってるから分からんかったし」

「あいつ、放送部捨ててまで北条行ったのはこういう事かよ。野球部のマネージャーって柄じゃねーだろ」

「やだねー。そうまでして男を取るなんて、相変わらず尻軽。まー、ダチが小柳万理アレだもんな」

「中学時代思い出しただけでも腹立つわー」

「はは、今でも男共に持て囃されてたら超ウケんだけど」

「ね、あとで球場行ってみね? 近くだし」

「おー、いいじゃん。冷やかしたろ」

 金髪の女子高生二人組が、大手電気店のマッサージチェアで寛ぎながらテレビ画面を観て暇を持て余す姿を、男性店員(六十代)は嘆かわしく見つめるのだった……。



 さて、戦況は四回表──この男からの一撃で、ようやく電光掲示板にこの日初めての得点が入る。

「っしゃー!! 先制点!」

「待ってました、めぐー!!」

「超絶愛してるー!」

 初球を見事捉え、特大アーチのソロホームランを放った恵に、ベンチはドンチャン騒ぎで沸き立つ。

「やっぱスゲーな、めぐ先輩! 全試合安打とかどんだけ頼れる四番!」

 と、武下が歓喜の声をあげると翔斗は相槌を打ち、

「さすがは〝在塁とおる〟先輩だな、全然名前負けしてねぇ」

「オマエ、何ちょっと上手い事言ってんだ」

「……いーだろ、別に」

 そうこう仲良く言い合ってる内に、次打者の田城が惜しくもセカンドゴロに倒れ、翔斗はネクストバッターズサークルへと向かう。すると武下がその背中へ声を掛けた。

「おい佐久間! セカンドには気を付けろよ」

 翔斗はチラリと振り返ると、

「俺も結構、あいつには敵対心あったりして」

 ニッと笑みを覗かせて、走って行った。

 武下は目をパチクリとさせ、

「あ……あの超マイペース男が敵意を剥き出しにっ」

 冗談っぽく言うものの、半ば本気だ。それを側で見ていた桜が、

「翔斗くんが誰かに敵対するの珍しいねぇ」

 本当にヒロちゃんと何があったんだろ……? と、内心ますます気になってしまう。

「案外、痴情のもつれ……だったりするかもよー」

 武下としては桜を揶揄ったつもりだが、わりと当たっていて怖い。

 しかしそうとは知らないで、まさか三葉ちゃん絡みで……?! などと、桜の勝手な勘違いが暴走をし出す。

「だ、大丈夫っ。それでも信じて応援するって決めたんだから」

 自分に言い聞かせるかのように、力強く拳を握り締める桜にポカンとしながらも、

「ほんっと気持ち良いぐらいまっすぐだね、桜ちゃんは」

 ハハッと武下は苦笑いを浮かべた。


「っしゃ! ツーアウト!」

「ナイス、周防さん!」

 次打者をショートライナーに仕留めた周防を労うと、千宏は、バッターボックスに現れた続く打者を見て口端を上げた。

「ヘンッ、ヘボショートめっ」

 翔斗へ向けた暴言なのだが、これが聞こえていた周防は誤解する。

 えぇっ……?! 俺って『ヘボ』なの?! 今すげー頑張ったのに!?

 ガーンッという効果音を立て崩れ落ちるのに気付く事もなく、千宏は挑発的な態度でバッターボックスにガンを飛ばす。

 それに気付いた翔斗もまた、バットを揺らしながら流し目で見やった。



「あー可愛いッ! 握り拳なんかしてホンマ天使やん、あの子!」

 こう悶え叫ぶのは、先月の彼岸参りついでに球場へ現れた小野 崇成しゅうせいである。

 実はこの試合の様子はインターネット配信もされていた。

「向こうのマネも美人やけど完成されすぎて高嶺の花って感じするわ。やーっぱ俺的に天使ちゃんしか勝たんっ!」

 試験期間真っ只中のハズだが、学習机の上に乗っている参考書よりすっかりノートパソコンに夢中だ。

「ちょっと崇成! うるさいんだけど!」

 ガラリと急に扉を開けられ、

「ちょ、いきなし入ってくんなオカン!」

 と、慌てて参考書を開く。

「アンタ、勉強してるのかと思えばそんなの観て……。今度の試験で点数悪かったら、ばあちゃん家に住まわせてもらう話マジでなかった事にするからね!」

「分かってるわ! しつこいなー」

「しつこいって何──」

 母親がまだ説教を続けようとするのを遮って、崇成は扉を乱暴に閉める。

「ったく、ちゃんと勉強しときなよ!」と向こう側からボヤく声を耳にしながら、

「絶対行ったんねん、北条」

 ポツリと呟いた先では、セカンドライナーに倒れた北条の七番打者が、悔しそうに唇を噛む姿がノートパソコンに映し出されていた。

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