第85話『神キャノン』
「おーっし! やるじゃん、森っちゃん」
三塁側のベンチでは、前の攻撃でダブルプレーに打ち取られた周防が、出塁した千宏を拍手で称える。
「通常ならサードゴロですけど、森くんの足だと間に合う辺り、さすがですね」
と、三葉は満足気に頷く。
「なんてったってみっちゃんのイチオシだかんなー」
「そんな言われ方をされると語弊がありますが……性格はかなり問題ですけど、この先どんどん伸びるプレーヤーだと思いますよ、彼は」
美しすぎる微笑みに周防が見惚れてる事なんて誰一人知る由もないなか、千宏は鼻息荒く、一塁で大きくリードを取っていた。今か今かと飛び出さんばかりの雰囲気に、宮辺は何度も牽制球を投げるが意味を成さない。
クッ、しぶとっ。どんな反射神経してんだよ。
グヌヌ……と宮辺の眉間にシワが寄る。
ヘヘッ、宮辺クン相変わらずしつこいなー。
千宏は舌舐めずりをしてみせる。
でも残念、キミとの勝負には興味ないんだよー。俺はあっちのショートに今日は負けたくなくてね……。
チラリと見据えた先で、翔斗が一瞬こっちを見た。交錯する二人の視線にどういう想いが混じっているのかなんて、周りには分からない。
それが単に、勝負を楽しんでいたとしても。嫉妬や憎悪を抱いていたとしても。
「あのセクハラ男、足はっや!」
瞬く間に二塁盗塁を決めた千宏の走りっぷりを見て、万理は目をパチクリさせた。
「前の練習試合でもこんな場面あったとは聞いてたけど、マジでエグいなー」
てか『セクハラ男』? と長谷部が首を傾げる。
「あー、前にあの男、初対面で私をハグしようとしてきたのよ。完全にヤバイ奴だわ」
「……っヘー、怖いもん知らずだな」
「アンタって一言余計よね」
ジトリと向ける万理の睨みを掻い潜って、
「それにしても今の、田城先輩の神キャノンを以ってしてもセーフになるとはなー」
「『神キャノン』? 何それ?」
「盗塁を阻止する送球が、キャノン級ってところから先輩達がそう呼んでんだよ。実際、阻止率も高いしな」
「ふーん、あんな優しそうなオーラを出しといてやるわね」
「そーいや、練習試合の時マスク被ってたの田城先輩だったような……いや違ったかな」
と、どうにも記憶が曖昧な長谷部であるが、扇の要に位置する田城は忘れてなどいなかった。
またやられたか……。
余裕綽々に二塁へ到達した千宏に、マスク越しに鋭い目線を向ける。二度に渡って同じ人物から盗塁を成功され、何とも思わないワケがない。
……盗んでくるのは分かってただけに、刺せなかったのは痛いな。
そう思いつつ息を一つ吐くと、内野陣にサインを送った。
「おいショート。見たか、俺の完璧な走塁!」
二塁カバーに入っていた翔斗へ千宏はドヤッとした顔をしてみせると、
「悪い、これっぽっちも見てなかった」
「嘘つけぇッ!」
しかし実際のところ、田城からの送球に集中していたので、視界の端で闘牛が迫り来る様子しか捉えていない。翔斗は鬱陶しそうに、
「てか話し掛けてくんな」
「おーおー、つれないねぇ。その余裕面、とっとと崩して桜を幻滅させてやんよ」
「……別にあいつは、そんなんで幻滅しねぇし」
とだけ言って、翔斗はベースから少し離れて行った。ポツン取り残された千宏は、時間差でようやく感情が追い付いてくる。
おいおいおい、なんだ今の……桜としっかり信頼し合ってますからアピールか!? っはあああああ!?
メラメラと炎を揺らめかせながら、勝手に殺意を抱く。
こんの野郎、見とけオラァァッ! 次も盗んでガンガンに攻めたらァ!!
などというやり取りがあった事には気付かなかった。宮辺は、二塁走者の滲み出る「走るよ」アピールを背中でビシビシ感じながらもガン無視し、打者への投球に注力する。
あーもう、ウザイなぁ……走りたきゃ走れば良いさ。
だが進塁を許すつもりは決してない。そもそも三盗はそれなりのリスクを伴う分、よっぽど間に合う自信がなければ通常試みない。
そのよっぽどの自信が少し怖いところだが、宮辺にとって杞憂に過ぎないのだ。
田城の構えた方へ投球しようとすると、完璧にタイミングを盗んだ走者がスタートを切る気配がした。
キタっ! 頼みますよ、相棒……!
宮辺の願いが込められたボールをミットに収め、電光石火、三塁目掛けて田城は右手からキャノン砲を放つ。
瞬きしていたら見逃したであろうその速い送球がサードの手元ドンピシャに到達し、そのまま、滑り込んで来た走者の足をタッチする。
「アウトッ!」
塁審の判定に、一塁側スタンドとベンチは「神キャノンキター!」と実に大盛り上がりだ。
田城はホッと胸を撫で下ろすと、マウンド上で宮辺が嬉しそうにサムズアップを向けてきた。
……そんな喜んでも、まだワンナウトだぞ。
そうは思うものの、一番厄介な俊足走者を今度こそ刺せた事は、キャッチャーとしてほんの少しだけ誇らしかった。
「くっそ、あのタイミングならイケたハズなのによ! あいつをフルボッコする前に俺がボコられるとかマジありえねぇ!」
あんな送球反則だろ! とベンチに戻るなりブツクサ垂れる千宏を一瞥して、
「本当、残念すぎる性格ね……」
はぁ、と溜息混じりに呟く三葉であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます