第84話『これは壮大なボケなのか?』
一点も取らせる気などない。そのつもりで投げない投手はいない。それは宮辺とて同じだ。実際、五回戦の聖南打線にこそ五失点したものの、その他の試合では無失点ないし最小失点に抑えてきた。尤も、そのほとんどをコールドゲームに決めてくれた攻撃陣の功績も大きいのだが。
だから一回裏で早速ノーアウト満塁のピンチを迎えた現在、それでも宮辺はエースたる堂々とした佇まいだった……。
と、いきたいところだが、マウンドに早くも集まった内野陣が、宮辺の頭を愛情表現よろしく一斉にシバく。
「昨日の覚醒どこ行った」
「一晩経つとリセットされるのかオマエは」
「なにカッコ良く決めてんだ」
三、四、五のキレの良いツッコミに加えて、
「オマエ……まさかこれは壮大なボケなのか?」
と、翔斗が半ば本気で疑う。これには鋭い反応を示し、
「『ボケ』って何なのさっ」
「宮辺、俺はこれ以上コントするつもりはないけど……オマエがそんなにボケたいんなら試合後に付き合うぞ」
田城が真面目腐って言う。
「そんなっ、田城先輩まで……!」
ワナワナと震える宮辺は、キッと内野陣を見回すと、
「見てろよ! 今から華麗にズバッと秒でスリーアウト取る予定なんだから!」
プンスカと、一人一人に人差し指を突き付け言い放った。
「へー、見せてくれんだ」
「じゃあ、見といてやろっかなー」
「とか言って、これ以上笑かすなよ」
お兄さん方が意地悪くニヤッとしてみせる。
宮辺は勿論知っていた。この人達がワザとこう言っている事を。三者連続デッドボールという、笑えないやらかしをした自分を気遣ってくれている事を。
「てかオマエ、先輩達にもタメ口使ってんぞ」
翔斗の冷静な指摘にハッとなる。
あとで指導だな、田城がニコッと微笑んだ。
この後スイッチの入った北条エースのピッチングに多くの観客が感嘆な声を漏らす。後方のバックアップでダブルプレーを取れたのも大きかったが、何よりもピッチャーの気持ちの切り替えの早さが見事だった。
「よし、いいぞ。四番の寺本と五番の周防を抑えられたのはデカい」
無事に凌ぎ切りベンチに戻る途中で、女房役はエースを褒める。
「ほら、よく言うじゃないですか。良いピッチャーは悪い調子の時に良いピッチングができるって!」
ドヤ顔で言ってのける様からは、先程やらかした同一人物とは思えない。
「ほんっと調子の良い奴」
と、苦笑いしながらも「次、俺からの打順だからしっかりキャッチボールして貰っとけよ」と指示をしてグラウンドへ急いで行った。
「へーい、先制点ヨロシクでーす」
先輩に生意気な事が言える後輩である。すると、
「相変わらずやってくれるな」
上の方から声が掛かり、「失礼な事言う奴だ」とムッとしながら宮辺はスタンドへと目を向ける。
「まぁでも、その後は大したもんだったけど」
と、
「ノリくん?!」
「よー、優太」
爽やかな出立ちで、岩鞍が軽く手を挙げる。
「ちょっ、何しに来たんだよ!」
噛み付くように感情を剥き出しにすると、
「一人でちゃんと投げられてるのか心配でさ。様子見に来たんだよ」
「僕は幼稚園児かッ!」
「ハハッ、前まではそう思ってたけどな」と冗談を口にするも、
「少し顔付き変わったじゃん、オマエ」
慈しむような表情の岩鞍に、宮辺は気恥ずかしさを感じて目線を逸らす。
「この分なら安心だ。最後まで見といてやるから、頑張れ」
「……こんなもんじゃないさ」
と、宮辺はぶっきら棒に呟いて、
「今日は新伝説を生み出す予定だから、よく目をかっぴろげときなよ!」
ビシリッと果敢に宣言してみせる。岩鞍は瞬きしながら、
「オマエ……これ以上の伝説は田城が一番望んでないぞ」
「誰がデッドボールで伝説作るって言ったよ! んなワケあるかっ!」
躍起になる宮辺に、岩鞍は愉快そうに笑いを返した。
てか……早く投げてくんねぇかな、キャッチボールしてないのタッシーにバレたら俺が超怒られるんだけど……と控えキャッチャーは密かに思い、所在なさげに遠くを眺めた。
「惜しい! ゲッツー倒れかー!」
悔しそうに武下は指をパチンと鳴らす。
「ヒロちゃん、意外と良い守備してる……」
ムムム、と顎に指をやり、対戦相手ながら幼馴染の好守備を桜は素直な感想で述べる。
「足が速いのもあるけど、フィールディグ良いなぁー。森の奴、前まであんなイメージなかったけど」
「それだけ夏に必死で努力したんだねぇ、きっと」
ん? そういえばヒロちゃん、前に翔斗くんに何か怒ってたけど、アレ何だったんだろう?
今頃になって桜の頭にふと過り、ほんの少し気になってくる。
それにしても三葉ちゃんが記録員だったのは、正直ビックリしちゃった……。
桜はチラリと三塁側のベンチに目を向ける。
「……翔斗くんもいつも通りだし、別に何も起こらない、よね?」
ポツリと溢した声を拾って、
「え、何か言った? 桜ちゃん」
と、今まさに守備陣を送り出しそうとしている武下が尋ねた。
桜はえくぼを覗かせて、
「ううん、何も」
とだけ、答えるのだった。
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