第79話『白付愛というより兄妹愛』

 一足先に準決勝を迎えた白付は、名門校・茶和さわ東と対戦していた。

 主将の寺本を主軸に着実に点を重ね、七回裏、三点のリードを付けてバッターボックスに立ったのは、今大会でメンバー入りを果たした千宏である。

「おー、ここで代打来ましたか。森選手、初戦での活躍を再び見せてくれるのでしょうか」

 メガネをクイッと上げながら、スタンドで応援する加菜が実況ゴッコに興じる。

「コラ、ふざけてないでちゃんと応援しなさい」

 ジトッと目を向けるのは三葉。

「心外だなぁ、葵ちゃん。これでも白付愛はマネ陣で一番なんだから」

「一番って……三人しかいないじゃない。ていうか加菜の場合、白付愛というより兄妹愛でしょ」

「おっ、上手い事言うねー♡ さっきのライト前ヒット、非常にカッコ良きでした♡」

 はいはい、と三葉は適当に相槌を打つ。すると次の瞬間、千宏がヒットを放ち一塁に出塁した。スタンドが雄叫びをあげ、三葉と加菜は手と手を取り合う。

「森くんが塁にさえ出ればこっちのものね。なんてったってチーム内ダントツの足の速さなんだから!」

「でも葵ちゃん、ヒットの瞬間、ウチら観てなかったね」

「……そうね」

 ゴメン森くん、と内心詫びを入れた。


「っへー、あの森ってヤツ噂通りの俊足だな!」

 こちらは偵察に来ていた恵が感嘆な声を漏らす。千宏がいともあっさりと盗塁を成功させたのだ。

「ソッコーで塁を盗むあの度胸と足、夏での箕曽園を彷彿とさせて怖いっすねぇ」

 両腕を組み、うむむと唸る武下の横で、翔斗は黙って観戦する。一人の走者が出る重みを、身を以て思い知っているからこそ、他人事のようには捉えられない。

「このバッターも──周防すおうっだっけ? さっきの長打コースと言い果敢に打ちに来るんだよなぁ」

「またあんなの打たれたら迷わず森はホーム狙ってきますね」

 などと話していると、次の瞬間、周防が実際に右中間を抜けるヒットを飛ばし、武下予言者の言う通り千宏は三塁を余裕で駆け抜ける。そしてボールがライトの手に渡って本塁へ投げ返す前に、ホームベースへ滑り込んだ。

 圧巻の走りに観客と白付サイドが沸き立つなか、翔斗は難しそうな表情で見つめた。

「おい、あんま眉間にシワ寄せると老けっぞ」

 武下が冗談半分で声を掛けると、

「あいつ、前に試合した時より速くなったな。バッティングも腕上げたし」

 と、翔斗がポツリと言った。

「まぁ……確かに」

 当然と言えば当然だ。夏の成果が顕著に現れているのだろう。

 翔斗はニッと笑いながら、

「すげー楽しみになってきた。早く白付と戦いてぇ」

「バッカ、また箕曽園の時みたく足で揺さぶられて自滅しても知んねーぞ」

「……オマエそれ言っちゃう?」

 ジロリとする翔斗に武下はニヘッと歯を覗かせて、

「その前に、明日の準決だなー。次こそ出番貰ってやるっ」

 体がうずうずして堪らない。夏に努力した者は千宏だけではないはずだ。

「あー、あのに良いトコ見せたいもんな?」

 意趣返しとばかりにニヤニヤと翔斗が揶揄う。どうやら先日武下に口を割らせる事に成功したらしい。

「ちっげーわッ! てか名前みたく言うな」

 やっぱこいつに自白するんじゃなかった……と後悔するが最早遅い。

「もしもーし? 何二人で楽しそうにしてんだよ。俺の姿見えてる?」

 と、ロンリー恵が少し寂しそうな面持ちで割り入ってきたので、「さーせん!」と二人は慌てて姿勢を正した。


 試合観戦しながら先輩接待に明け暮れる翔斗と武下はさておき、試合は終盤に差し掛かり茶和東が二点差にまで攻め寄る。が、白付の内野陣がそれ以上の追加点を許さず、結局そのまま逃げ切る形で勝利を収めたのだった。

「森ぃ! 貴様、守備でもやってくれたな!」

 と、寺本(兄)から怒号を浴びせられ、

「ビックリしたー、急に何すか! 褒めてんだか怒ってんだか分かんないしっ」

 千宏はおっかなびっくりしつつも抗議する。攻撃の後そのまま守備でセカンドに入り、体を張ったファインプレーでチームに貢献したのだ。

「褒めてやってるに決まってるだろ!」

 じゃあそんな怒鳴り付けんなよ……と千宏は薄目になる。

「だからって調子に乗るなよ、その程度じゃ我が妹は靡かんぞ!」

 ワハハハ、と勝ち誇ったかのように笑うものだから、

「誰が、いつ、アンタの妹に言い寄った!」

 と、力一杯言い返した。すると、

「おーい、その辺にしとけー」

 どのチームにも仲裁者というのは存在するものだ。

「周防さん、聞いて! この人マジでヒドイ!」

 駄々を捏ねる千宏を周防はどうどうと宥めて、

のシスコンっぷりなんて今に始まった事じゃねぇじゃん」

「けどー!」

「まぁまぁ、オメーも今日は守備で魅せれたんだし、余計な事は喋らないのがスマートな男ってもんよ」

 それは人にも因るのだが。

「スマートな、男……!」

 何故か千宏は目をキラキラとさせると、頭の片隅にそれを彷彿とさせる漢の姿が不本意ながら過った。

「そういや、北条は明日準決勝っしたね」

「んあ、そうだな」

「それで明後日が決勝か……あのショートにギャフンと言わせるの、すげー楽しみだわ」

 キシシ、と愉快そうにする千宏を見て、

「え……俺にギャフンと言わせるの?」

 周防もまた、ショートなのだった。

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