第76話『こいつら悪魔だ』

 二点を追う七回裏、バッターボックスに入った聖南の四番エースはマウンドを見やりつつ、ショートにもチラリと目を向ける。

 あの野郎……前の打席で三遊間抜けるハズだった俺の強打を阻止しやがって。しかもなんだよあのイケメンプレー、良い加減にしとけっつーの!

 クッソ、ぜってぇ抜けてやる……と気迫充分にバットを握る。しかしマウンド上からそれを眺める宮辺は冷ややかな表情だった。

 この人、気持ちが全然こっちに向いてないじゃん。

 明らかにショートを意識している打者に、易々と狙い通り打たせる程、心優しくはない。

 セットポジションから左腕をしなやかに振ると、アウトコース寄りに構えた田城のミットへ心地良い音を鳴らして収まる。

 次に出されたサインに、宮辺は首を縦に振って応えると一塁走者を目で制す。

 ……僕は、みたいに三振を多く奪えるタイプの投手じゃない。身体つきだって、平均的な選手に比べて小さいのは素直に認める。それでもね──。

 少しずらして握った人差し指と中指に、この夏までエースを務め続けてきた男から受け継いだ想いを込めて、ボールを押すように投げる。

 よしきた、ストレート! と、まんまと聖南の四番は思いっ切りバットを振って、気付いた時には後悔した。狙い打ったはずが打たされてしまったのだ。

 三遊間へ運ばれたどん詰まった打球を軽快にショートが処理すると、すぐさまセカンド、そしてファーストへと流れるようにボールが渡る。ダブルプレーを以てスリーアウトにし、宮辺は笑顔を見せてグローブを叩いた。

 ──それでも、二十七個のアウトを打たせて取る技術だけは、誰にも負けたくないんだ……!

「今の、公式戦初出しにしちゃ上出来だったよ」

 ベンチへ戻る途中の宮辺の頭をポンポンと叩きながら、田城はお褒めの言葉を掛けた。

「あったりまえですよ!」

 ヘヘンと、鼻高々に胸を張ってみせる。それを見ると優しい笑みを溢し、

「岩鞍先輩直伝だからな。うまく決まって、本当良かった」

 もちろん、偶然うまくいったわけでも何でもない。夏の間中、二人で磨きに磨きを掛けてきた変化球だ。

「……っていうか、サイン出すの突然過ぎません?」

「? 予め、このイニングで出すかもって言っといただろ」

 おかしな事言うなぁ、と田城は首を傾げる。

「もっと明確なフラグ立てといて下さい! あと何球後に出す予定、とか」

「オマエ、どこの世界にそんな細かく予告するキャッチャーがいるんだよ」

「心の準備が地味にいるんですっ!」

「……オマエは太々しいのか繊細なのか、どっちかにしてくれ」

 珍しく呆れたように言ってのけた。


 その後も北条の猛攻撃は留まる事を知らず、残るイニングで四点を追加し点差を大きく広げると、聖南も負けじと最後の粘りを見せ、打順三番のキャッチャーが走者一掃するタイムリーを放ち最終局面で三点差にまで縮めた。(ここで算数のお時間、現在のそれぞれの得点を述べよ。とでも言いたくなる点の取り合いだ)

 頼んだぞ、相棒……!

 三塁で止まった三番キャッチャーが、次打者──四番エースの脳内に念力を送る。

 当の本人は目を血走らせて不適な笑みを浮かべているものだから、傍から見ると少し怖い。

 え、こいつ本当に大丈夫かしら? と心配する三番キャッチャーの嫌な予感は的中してしまった。

 三遊間に拘りでもあるのか、はたまた三遊間方向に打たされているのか。とにかく強い当たりが内野を抜けて外野レフトの方へ向かう──前に、ショートのグローブが無情にも回収し、飛び付いて本塁ベースを狙う三番キャッチャーを容赦なく仕留める。だけに終わらせず、ミットからボールを握り直した北条の司令塔が、鬼神のような勢いで四番エースをも刺した。

 体を起こしながらガクガクブルブルと三番キャッチャーは思った。

 こいつら悪魔だ……。 

 こうして試合終了となり、八-五で聖南はまたもや北条に敗れたのだった。


「ねぇベッキー、一つ聞いても良い?」

 この日もスタンドで観戦していた万理は、真顔で長谷部に尋ねた。

「あんだよ?」

「これってさ、もしかしてベンチに入ってる人全員が必ずしも試合に出られるわけじゃないの……?」

 くどいようだが万理は野球のルールすらよく知らないレベルだ。

 長谷部はたっぷりと間を使って目を瞑り、心の底から溜息を吐くと、

「当たり前だろッ!」

 てか前にも言っただろ、と声を荒げた。

 この瞬間、万理は自分で言い出した規約のハードルの高さに気付いて愕然とし、なんて向こう見ずな性格なの……! と、己を殴りたくなった。

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