第75話『今度はプリンス様』
初戦に引き続き、三回戦、四回戦をコールドゲームで順調に勝ち進んだ北条は、次なる対戦校を夏にも戦った強打線の聖南とし、彼岸明けのこの日を迎えていた。
「優ちゃーん、ファイトー!」
「王子のヒット観たーい!!」
「今日も可愛いわよ、チクショー!!」
というファンクラブ(先月発足されたらしい、通称・宮辺ガールズ)の黄色い声援を背負いながら、バッターボックスに入る宮辺を待ち構えていたのは、マウンドからのとてつもない殺気だった。
……この人と対決するの初めてなんだけど、なんか僕、めちゃくちゃ睨まれてない?
聖南のエースがどこからどう見ても怨念の籠もったオーラを放っていた。
むしろ恨みたいのは、さっきの回で打たれた僕の方なんだけど……。
夏と同じく四番を打つこのエースに、宮辺は鋭い眼光を向ける。──前の回でソロホームランを打たれた事を根に持つのは仕方のない話であろう。
だがマウンド上のエースは、宮辺の睨みにますます神経を逆撫でされた。
クッソ……! 顔面偏差値爆上げ男の岩鞍が引退したと思ったら、今度はアイドル顔負けのプリンス様がエースかよっ! 可愛っ……どんだけ豊富なんじゃ北条ー!
もう生かしちゃおけんッ、と渾身のストレートをインコースに投げる。
良かった、要求通りに来た……!
キャッチャーミットにキッチリ収まると、これまた夏と同じ女房役が投球に一安心しながら、憎悪を渦巻かせている相方へ返球する。
それにしてもなんでこいつ、ピンチでも何でもないのに怒ってんだ?
一年間バッテリーを組んでいても、分からない事は多いようだ。
スタンドからは相変わらず「宮辺くーん!」と熱い応援が飛んでくる。聖南エースはそれを見やるとギリッと歯ぎしりをして、腕を振った。
テメェらのプリンス様、目の前でコテンパンにしてやんよ!!
再びのインコースだったが、甘く入ってしまった。バカッ! とキャッチャーが焦った瞬間、宮辺は見逃さずに芯で捉えた。
打球が、燦燦と照り付ける太陽に向かって延び、外野フェンスを越える。ベンチと、特にスタンドが瞬く間に盛り上がる。
それに向かって拳を突き上げながら、アイドルがコンサート会場を駆け抜けるが如くダイヤモンドを回る『プリンス様』を横目に、聖南エースはガックリと肩を落とし、マウンドで灰と化した。
「よっし! これで振り出しに戻った!」
意気揚々と声をあげる武下に翔斗も歯を覗かせて、
「負けず嫌い発揮してんじゃん。さっき一発浴びたのがよっぽど悔しかったんだろな」
序盤で聖南に一点先制され、すかさず次の回でピッチャー自らが点を取り返す形となった。
嬉しそうにベンチへ戻ってきた宮辺をメンバーがグータッチで手厚く迎え、スタンドでは宮辺ガールズがすっかり熱狂していた。女子達の勢いに武下は若干気圧されながらも、
「良いなぁー、俺もああいうの欲しい」
と、何気なく溢す。
「オマエはどこを目指そうとしてんだ?」
半ば呆れ気味に翔斗は口を挟むと「あ、でも」と何かを思い出して、
「武下にも、応援してくれる奴がいるだろ」
「……誰の事言ってんだ?」
少しだけ気まずそうな目を向ける。
「夏休み毎日弁当作ってくれたの、親じゃねーだろ? オマエん家両親とも医者だから作る暇ないっつってたし、最初は自作かと思ったけど料理が得意なオマエにしてはおかずがショボかったからな。どう考えても、料理のできない奴がわざわざ毎日拵えてたって事だろ」
名推理ご苦労である。自分の見解を披露する爽快感を、わずかに翔斗から感じ取りつつ、
「おかずショボイとか言うなよ。一生懸命作ってくれた事が最高のおかずなんだよっ!」
と、力説してくる武下に、
「意味分かんねーし」
バッサリと翔斗は返すと、
「で、オマエの餌食になったの誰?」
「『餌食』って人聞き悪ぃな……。まぁ、犯人まで言い当てられなきゃ名探偵にはなれないな」
ニヤッとした笑いを見せてくるものだから、翔斗は黙って武下の踵を強めに蹴った。
そんな探偵ゴッコを繰り広げながらも試合はサクサク進み、六回を終えた時点で聖南は一点、北条は二点を追加した。
中でも五回の守備で見せた、三遊間を抜けそうな強い当たりを翔斗が逆シングルで捕り、そして一塁へジャンピングスローするプロ
その攻防の様子を、一人の少年が席にも座らず出入口で眺めていた。
「ふーん。じいちゃんとこの彼岸参りついでに観に来てみたけど、意外とオモロイ試合してるやん」
発言は生意気だが、目をギラギラとさせている。
「あの可愛い顔のピッチャー、どんな球筋なんかなー。てか女子に人気ありすぎやろッ。ほんでショート、あんなんアウトにするとか有り得へん!」
本場のツッコミはキレが違う。
「北条かぁ……」
呟いた声は、さらに点をあげて沸き立つ北条のスタンドの歓声に、掻き消された。
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