第71話『自分にしかできない』

「何だか皆、表情固いな」

 これから始まろうとしている初戦を前に、メンバーの顔を見渡しながらベンチの前で田城は思わず笑った。

新人戦あれからメンバーの入れ替えもあったけど、やれるだけの事はやったと思う。今日こうして試合ができるんだ。三年生の分、応援してくれる人の分、試合に出たかった人の分、一瞬一瞬を大事にしてこれから全員で応えにいこう」

 行くぞ北条っ!! と、柔らかい表情から気合いの籠った掛け声を発すると、「うおっしゃー!!」と円陣を組んでメンバー達も吠える。

 一気に一体感が……! やっぱり田城先輩がキャプテンって、すっごく良いかも。優しい先輩だけど統率力あるし。

 それに有難いお言葉……ジーンと桜は感動しきっている。

 よしッ、いよいよ新チームでの第一戦、皆頑張って……!

 だがさっきから緊張しすぎて、スコアブックの名前欄を何度も書き間違えていた。何故オマエがベンチの中で一番緊張してるんだ……? と監督が心の中でツッコむのは無理もない事だった。


「いいか宮辺、オマエに託されたマウンドだ。オマエが倒れた時がチームの敗北だって事、忘れるな」

 今までの菩薩のような優しさをどこに置いてきたのか、マウンドで怖い事を言う田城に、

「分かってますよ! てか、めちゃくちゃ脅してきますね」

 と、宮辺は少し顔を引き攣らせる。

「ハハッ、前回のでよく分かったよ。宮辺を上手くリードするには、厳しさが必要だって事」

「誰がドMですかッ。それは間違った解釈です」

 何の会話だ。

「誰もそこまで言ってないけど。頼んだからな、!」

 と、いつもの優しい笑みを見せる。

 宮辺は、その単語の重みを実感してすぐには反応できずにいたが、力強く頷くと、

「承知!」

 と、闘志を燃やした目付きで笑った。それを見ると田城は安心したようにキャッチャーボックスへ戻って行く。

『オマエは、間違いなくチームを引っ張る投手になる。だから立ち止まるな。その腕で、俺達の、皆の想いを繋いでくれ』

 ……繋ぐさ。

「プレイ!」と主審のコールが掛かり、宮辺はワインドアップポジションを取る。

 それが今の自分にしかできない、新たな約束なんだ……!

 投じた第一球をまずはショートゴロに打ち取ってみせ、宮辺は意気揚々と翔斗へサムズアップを向けた。



「なんかあいつ、パワーアップしたな……」

 と、感嘆な声で言うのは長谷部だ。

 五回の守備が終わり、いまだヒットを一つも許さない新エースの圧巻のピッチングに舌を巻いている。

「ていうかベッキー、アンタまたスタンド組なワケ?」

 万理が哀れむような目をくれる。

「うるっせーよ小柳、ほっとけ! そんな簡単にベンチ入りできるかよっ」

「ふふん、でも武っちはしたわよ?」

 と、得意気な笑みを溢した。

「あいつはギリギリなの! 本当は候補から漏れてたのに、土壇場で滑り込みやがったんだ。これで結果残せなきゃどうせ降ろされるだろ」

「あら嫉妬? ……と言いたいところだけど、本人もそんな事言ってた。スタメンではないからチャンスが来た時が勝負だって」

「フンッ、そのチャンスすら回ってくるか分からんけどな」

 せいぜいベンチで盛り上げ役として活躍するが良いさ! と吐き捨てる長谷部に、

「……アンタ、また性根クサってるわよ」

 と、呆れ返る。

「何とでも言え。てかオマエ、夏休みの間中、武下と早朝密会してたろ」

「んなっ!?」

 万理は唐突なぶっ込みに動揺を隠せない様子で、「武っちが喋ったの?」と尋ねる。

「あいつは何も言わねぇよ。駅前で一回、その後何回か学校裏で、コソコソと何か渡してる現場を見ただけだ」

「スキャンダルみたいに言わないでくれる?」

 そして高確率で目撃する長谷部が怖い。

「アレ、弁当のように見えたけど」

「別に……何でも良いでしょバカ!」

「学年最高バカに言われたくねーし! むしろ武下に口止めされて密会の事黙ってんの、感謝して欲しいぐらいだぜ」

「それはドーモ」

 全く心が籠もってない。

「低血圧のオマエが朝早く起きるなんて笑えるな。あいつの事、好きなのか?」

 視線はベンチに向けたままの長谷部の言葉に、万理は少しだけ躊躇いを見せるも、

「なーんでそんな事、アンタに教えなくちゃなんないのよ」

「あんな奴、やめとけよ」

「はぁ?」

「あんな女好き、好きでいても良い事ねぇぞ」

 万理は、仏頂面の長谷部をしばらく見つめると、

「ベッキーって、案外優しいのね。けどお生憎様。そんな事、最初に出逢った時から分かってるわ」

 ベンチからチラリと見え隠れする姿が目に入り、万理は顔を綻ばせた。

「お弁当……毎朝早起きして、頑張って作って良かったぁ」

 ポツリと一人溢す嬉しそうな表情を見て、長谷部は面白くない気分になった。


 そしてベンチでは──。

「ぶえっくしょん!」と派手なクシャミをする武下に、

「なんだ風邪か?」

 と、翔斗が聞く。

「まっさかぁ。ヘヘッ、きっと俺の活躍を待ち望んでる女の子達が噂でもしてんだろ」

 浮かれポンチなこいつの頭の中を一度覗いてみたいと思いながら、

「そいつは良かったな」

 と、翔斗は適当に返した。

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