SEASON2
球児、ツンデレ美少女に翻弄される。
第68話『キャプテンって立場』
それは、夏の出来事だった。
「万理ちゃん、ゴメン! 今日やっぱ、一緒にご飯行けそうにないや」
武下は両手を合わせて言った。
「え、なんで?」
万理は不機嫌そうに眉を寄せる。
「あいつに、これ以上差を広げられたくないんだ……今日の試合でホームランまで打たれちゃ、じっとしてられなくて」
「それって、佐久間くん?」
万理の問い掛けに頷いて、苦笑いを浮かべると、
「レギュラーにもなれてないのにライバルの活躍を黙って見てられる程、余裕なんてないから」
ライバル……と万理はポツリと呟く。武下は罰が悪そうに、
「ドタキャンして、本当ゴメン──」
「許さない……」
怒気を帯びた声に、武下が「えっ」と顔を引きつらせる。万理はキッと睨み付けて、
「私の誘いを断るなんて、有り得ない! 絶対ぜーったい、許さないんだから!」
「ま、万理ちゃん……怒った顔も、可愛いねぇ」
などという宥め方をしても無駄だった。万理は人差し指を武下目掛けてビシッ! と突き立てると、
「こうなったら、武っちがレギュラー入りするまで、一緒に遊ばない!」
「え……?」
予想外なセリフに目をパチクリさせる。
「だから意地でも、レギュラーなりなさいよ!」
万理の真剣な眼差しに、武下はコクコクと首を縦に振る。
「なる。約束する。それまで、待ってて」
この言葉に満足したらしく、万理は「うん」と頬を色付かせて微笑んだ。可愛さの暴力にすっかりやられてしまい、心拍数の爆上がりを感じた武下は胸を押さえる。
尚、敢えて注釈を挟んでおきたいが、この二人は付き合ってなどいない。
「あ、でも……」と万理は上目遣いになると、
「だからってその間、他の女子とご飯行ったりしたら、イヤだからね」
拗ねたように言うものだから武下は勘違いしそうになる。いや、自分の勘の良さには自信があるので、きっと違わない。
「ひょっとして万理ちゃん……俺の事好き?」
と、思わず尋ねていた。
すると、目の前で見る見るうちに耳まで紅潮させ、
「バ、バッカじゃないの!? 自惚れないでよね! べっつに好きとかじゃないし!」
と、声を荒げるや否や、武下の
「あっ、ちょっと……!」
と、手を伸ばすが、可愛さだけではない暴力の痛みに身悶える。意外と石頭なのだ。小さい体がより小さくなって遠ざかる光景を眺めながら、武下は思った。
えぇー……あの言動で好きじゃないとか、そりゃないよ……。
ガックリと項垂れるのだった──。
それから一ヶ月後、武下のレギュラー入りの行方はさておき、来週から各都道府県で秋季大会が始まろうとしていた。選手権大会とは違って地方予選という位置付けではないにしろ、好成績を残さなければ春の甲子園も夢のまた夢。──選抜高校野球大会、通称センバツ、北条がこの舞台に立つには秋季の県大会で優勝もしくは準優勝した後、地区大会へ進んでベスト4の成績を収める事が重要となる。
加えて、新チームとなって初めての公式戦ともなれば、新しく主将に選ばれた者にとっては人一倍背負ったものも大きかった。
ユニフォームに着替え終えた田城がグラウンドへ向かっていると、
「どうしたキャプテン? 難しい顔をして」
と、同学年の部員が近付いてきた。
「
「オマエらしくもない。なに珍しくピリついてんだよ、タッシー」
田城はつい笑ってしまい、
「ピリついてるように見えたか。そんなつもりないんだけど、俺も
「まぁ、万全な体制ではなかったとは言え、こないだの新人戦で初っ端から惨敗だったんだ。分かるよ、タッシーの気持ち」
「いや……万全な体制でないのはどこも同じだよ、言い訳にはならない。あれは俺のリードが悪かった。宮辺の良さを何一つ出せなくて」
結果、野手陣のフォロー虚しく大量得点で敗れるという、最悪のスタートとなったのだ。
「あのマイウェイ王子は大貫先輩だって手を焼いてたんだ。それにキャプテンとしての役割だって抱えてんだからさ、あんま自分を責めるなって!」
バシン! と田城の肩を叩く。
「ハハッ、励ましありがと。大貫先輩だって役割は同じだったけどな。しかも四番まで務めていて……本当に、凄い人だよ」
目を細め、その面影を思い浮かべる。
「何気に尊敬してたもんなぁ、タッシー」
「なぁ恵。この先皆、俺について来てくれると思うか?」
本当に珍しい、と恵は思った。
普段弱音すら吐かないこいつが、そんな事聞くなんて。やっぱキャプテンって立場は相当なプレッシャーなのか……。
「あったりまえだろ! てか、ついて来ない奴は俺が引きずってでも連れて来るから、安心して自分らしく行け」
ニッカリと笑い掛けられ、田城はホッとした表情を向ける。
花形揃いだった三年生に比べて、自分達二年生はどこか勢いに欠ける。そこから来る不安もあったのだ。
「よし、俺達の代で北条の名前を廃らせないように気合い入れていくか」
と、柔らかく、だが眼光は鋭くしっかりと前を見据える。
「その意気だよ。
やはり慣れない呼ばれ方に「あぁ」と苦笑いを浮かべた。
田城が全幅の信頼を寄せる、誠実さが前面に出たこの男の名前は恵
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