第61話『北条最強の男』
「そんなに落ち込むなって」
田城が、肩を落として哀愁漂い続ける宮辺を励ます。
「……慰めはいらないです。良いんですよ、ダメ出ししてくれて。そっちの方がまだ安心します」
もはやどこを見ているのか分からない。
「じゃあ、遠慮なく──」
「やっぱ今はヤメテくださいっ! しんどい! 優しくしてくれないと死んじゃいますっ」
と、田城に縋り付く。
「オマエは情緒不安定のカノジョか」
宮辺の額をベシッと真顔で叩いた。
そんなショートコントの最中、再び岩鞍の力投により、打者を三人で抑え裏の攻撃に移る。
っんんー! やっぱ俺の出番がないと、チームも盛り上がんねぇかー!
惣丞はバットの両端を持って思い切り伸びをすると、バッターボックスへ向かう。ベンチの監督のサインを確認しながら、視界には大声を飛ばす好敵手の姿が映る。
ヘンッ、とつい妙な笑みが漏れた。
俺はさ……オマエが羨ましいんだよ。
目線をマウンドに向けて、足で土を平す。
俺より後にレギュラー入りしたクセに、今では四番を打ってやがる。そりゃ実力は認めてるけど、嫉妬しない日はなかった……。
バットを揺らし、ゆっくり後ろに立てる。
それと、オマエにも誰にも言った事がないけど──。
ピッチャーの投球を、しっかりと目で捉え、豪快にバットを振った。
あいつの事、俺は幼稚園の頃から好きだったんだぞ!!
飛距離は充分だった。
箕曽園の外野手は追うのを諦めて、打球を見上げる。この日満員の外野スタンドでは子供がボールを掴み取り大興奮する光景が見受けられ、惣丞は嬉しそうに走り出した。
俺にはない物、何もかも持ちやがって。……なぁ大貫、俺は少しでも、オマエを超える事ができただろうか?
一塁ベースを蹴りながら、チラリとスタンドのブラスバンド部を見やる。チューバ奏者の女子が張り切って演奏する姿を、うんうんと頭に焼き付ける。
──ねぇ毅、聞いて! やっと大貫くんが観念してくれたの。付き合ってくれるってさ♡ 色々協力してくれて、ありがとうね!
──……良かったな、せいぜい捨てられんなよ?
──へへ! 捨てられたら、野球部の応援演奏してやんないんだからっ! これ、マジ。
──結構本気な脅し文句じゃねーかっ!
──だからさ、その前に毅もさっさとホームラン打って、私に最高な演奏させてよ。
──……ったりめぇだろ?
本塁に辿り着き、ベンチへ向かうと、大貫が両手を広げて待ち構えていた。惣丞は笑って、
「なんだよそれ。柄にもない事してんじゃね──」
と、言い終わらない内に抱き付かれる。
「やっぱ凄いな、毅! さすがは北条最強の男!」
惣丞は一瞬呆気に取られながらも、目を細めて、
「最強はどっちだよ、続けよ……四番」
「おー。箕曽園のピッチャーまた替わったぁ」
白付の野球部マネージャー室で、テレビ中継を凝視する加菜は言った。
「エースが出てきたって事は、もう後がないわね。……って、コラ」
さっきから手が止まってるわよ、と三葉は作業を促す。はーい、と加菜はのんびり返し、
「ウチらの時はエース出てこなかったよね。やっぱり強いなぁ、北条」
ボールを縫いながらポツリと溢す。
「……そうね」
その言葉に悔しさが滲んでしまうのは仕方がない。少ししんみりしていると、
「おい葵ー、氷くれー」
情緒もへったくれもない部員が、マネージャー室に入ってきた。
「森くん。氷なら、クーラーボックスの中に入れてあるでしょ?」
部員の熱中症予防の為に塩分を効かせた氷を用意してある。
「だって全溶けしてんだもん。塩水状態」
「え、もう?」
確か加菜に頼んで、ついさっきグラウンドに置いてもらったばかりだ。すると明らかに「やばっ」と反応を示した当人に目を向ける。
「ご……ごみーん。お兄ちゃんがノック打つ姿があまりにもカッコ良くて。見惚れてクーラーボックスの蓋開け閉めしてたから、開けっ放しにしちゃってたみたい……」
どんな状況だ。
「加菜、アンタって子は……」
三葉は、それはそれは美しい表情で青筋を立て、
「兄萌えも大概にしなさいっ!」
「あ、葵ちゃん……お、怒った顔も美人だねぇ」
「寺本! テメー俺らをコロス気かっ!」
「だからゴメンってー!」
ぴえん、と謝る眼鏡っ娘であった。
一点差で勝ち越した北条に、立ち塞がるは箕曽園のエース──実はこのピッチャー、今大会初めての登板である。それならば立ち上がりを狙えると踏んだ北条だったが、そんな事は全くなかった。岩鞍と同等、もしくはそれ以上か、初球から隙のない速球で苦しめられる。
結論から言って、八回の攻撃を終えた時点で北条がこのピッチャーから打てたヒットは、一つもなかった。
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