第57話『先輩と後輩』

 下級生ピッチャーが打撃で貢献し、これが上級生の闘志に火を点けた。打順はトップに返って嶋谷が、手堅く送りバントを決め走者を三塁に進めさせる。そしてこの日打順二番の惣丞は、バッターボックスに入るなり片眉を下げて笑った。

 いやー、こないだの翔斗のホームランといい、ウチの後輩一年生は頼もしいねぇ。まだまだ、オマエらと野球やりたいよ……。

 バットを構えて前方を見据える。

 先輩の背中、しっかり目に焼き付けとけよ……。

 様子見で投げられたアウトコースを、惣丞は踏み込んで打ち抜いた。

 二年後、オマエらもこうしてチームを引っ張らなきゃいけねぇんだから!

 打球はレフト前に落ち、宮辺はホームに生還──北条が、先制点をあげた。


「ふむ、やはり簡単にシナリオ通りにはいかんな。翔斗のエラーはシナリオ以上だったけど」

 輝人は腕を組むと、

「さっすが北条だよ、よく訓練されてる。これでも研究にはちょっとした自信があったのにな」

 まぁでも、と笑みを浮かべて、

「まだ三回だ。楽しみはここから、かな」

 ……どうでも良いが、さっきから独り言を喋るサングラスの男に、周りの観客が訝しんでいるのは言うまでもない。


 四回裏──ここで箕曽園は早くもピッチャーを代える。

「え、もう継投?」

 思わず桜は一人言葉を漏らす。

「別に驚く事じゃないさ、さっきの回で点入れられたしな。たぶん二番手ってとこだろ」

 それに拾って答えるのは、横に座る岩鞍だ。

「でも相手チームも随分と慎重なんですね」

「うーん、まっ、ピッチャーとしては正直悔しいだろうけどね」

「先輩も、同じピッチャーとしてやっぱりそうです?」

「そりゃ、あらかじめ決められた継投なら良いけど、それ以外……特にピンチの場面で代えられるのは、一番悔しいかな」

 三回戦の古賀学園戦でそんな場面があった。桜はハッとなり、何も言えず只々岩鞍を見つめる。

「ハハッ、早乙女に見つめられると照れちゃうな」

 と茶化すと、バッターボックスに目をやり、

「ほら、声援送ってやってくれ。オマエの大声と笑顔は、チームを元気にさせる」

 一瞬にして惚れてしまいそうなくらい、優しい眼差しだった。

 岩鞍先輩……。いつも失敗ばかりの私を気にかけて励ましてくれて、それにどれだけ救われてきたんだろう。

 桜はグラウンドへ目を向ける。

 もっともっと、この先輩達と一緒にいたい……もっと一緒に、戦いたい!

 よく通る桜の声を聞きながら、岩鞍は満足そうに目尻を下げる。

 俺達についてきてくれる後輩達の為にも、やってやらなきゃ……なぁ? 大貫。


「あーん、また佐久間くんでスリーアウト! せっかくキャプテンがヒット打ったのに、その後が続かないってどういう事!?」

 スタンドでご立腹の様子の万理。尚も頬を膨らませ、

「ていうか、今日の佐久間くん使えなさすぎじゃない? ね? 武っち──」

「悪いな、俺だ」

 長谷部が眉間を寄せて言った。

「あぁ……ごめんベッキー、間違えた」

「武下じゃなくて悪かったな」

「だからごめんって、ちょうど身長が一緒なのよ」

 そんな事はない。長谷部の方が武下より五センチメール高いが、本人はツッコむのを諦めた。

「てかオマエ、佐久間に当たりキツくね?」

「えー? だって、そんなの当たり前じゃない」

 当然のような口ぶりに、長谷部はキョトンとする。

「佐久間くんは、……ライバルだから」


 思うような結果に繋がらず、守備へ向かう翔斗は少し焦りを感じていた。

 自分でも、分かっている。だがここまで動じるつもりはなかった。

 ダメだ、集中しろ……だろ?

 気持ちを整えようと深呼吸する翔斗の脳裏に、ある言葉が過ぎる。

 ──オマエの守備力の高さは俺達や三年生だって認めてる。いつも通り、堂々とプレーすれば良いよ。

 これは確か、大会初日に掛けてくれた田城の言葉だ。あの時は知らず背負っていたプレッシャーを、そっと下ろしてくれた。

 そうだ……そのおかげで今までの試合、いつも通りのプレーができてたんだ。

 それだけじゃない。

「翔斗! 抑えるぞ! けど肩の力は抜いてけ!」

 後ろから駆け寄ってきた惣丞が声を掛ける。翔斗は、つい笑みを溢す。

 いつもこうやって、やりやすいようにフォローして貰ってる……だから。

「はい! まずは一個!」

 だから、立ち止まってる場合じゃない! 先輩達に応えて、目指したい球場ところがあるから……!

 ショートの守備位置につくと、グローブを握り拳で力強く叩き、大きく声を出した。

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