第56話『王子の所以』
「佐久間オマエ、あっぶねーだろ!」
「味方のベンチ攻撃すんじゃねーよ!」
「俺達に何か恨みでもあんのか!」
ベンチに戻るなり、翔斗は一斉にブーイングを食らう。
「いえ、そこまではありません……」
すみません、と頭を下げるが言葉にややトゲがある。ん? となりながらも、
「ったく! 危うく早乙女に当たるとこだったんだからな!」
「えっ……?! 本当ですか?」
「嘘言ってどうすんだ。まぁ、横にいた監督が素手でキャッチして事なきを得たけど」
「オマエ、重要文化財級の天使の顔が傷付いたらどうしてくれんだよっ!」
というのを最後まで聞かず、翔斗は桜の所へ行き、声を掛ける。
「すまん! 送球が当たりかけたって?」
桜は振り返って、
「翔斗くん。大丈夫だよー、別にケガしたわけじゃないし」
ケロッとした様子を見せる。
「それでも、ごめん。危ない目に遭わせて」
「気にしないで。こういうアクシデントは覚悟の上なんだから」
ね? と気遣わしげに微笑む。翔斗はグッと拳を握り締めると、
「ケガ……なくて本当に良かった」
あまりにも深刻そうな表情をするので、桜は努めて明るく、
「もし傷物にされたら、翔斗くんに貰ってもらおうかな!」
「え……」
「ふふっ、冗談だよ。さっ、試合に集中集中!」
えくぼを覗かせた笑顔に、翔斗もつられて笑い返す。
「あぁ……そうだな」
──自陣のベンチへ大暴投するという、とんでもエラーを起こし、走者に安全進塁権が申告され二塁まで進まれた直後、三盗を許す事態が起き、北条ナインはもはやお通夜状態だった。そこへ守備のタイムを取って、内野手をマウンドに集めたのは大貫だ。開口一番に、
「悪い、まさか盗まれるとは。俺のせいだ」
と、頭を下げる。
「止めろよ大貫。俺もさっき投げ急いじまった。すまん、翔斗」
「そんな……完全に自分の責任です。送球が雑になって、すみません」
「俺だったら佐久間のあの送球は止めれてた。前進してたばかりに、不甲斐ない」
「自分も、もっと警戒するべきでした。簡単に投げたから……」
「え、サードの俺は何を謝れば良い?」
なんだか謝罪大会になってきている。大貫は思わず笑って、
「驕ったプレーをしてしまったな。今、監督の顔見れる勇気のある奴いるか?」
「いや、絶対ムリ!」
「それは、自分もさすがにちょっと」
「怖い、怖すぎる」
「アハハ、罰ゲームですか?」
「てかテメーが見ろ」
一体どれだけ恐れているのだろうか。だが実際、見なくて正解だった……。
「もう腹を括ろう! これで点を取られたら全員で腹を切ろう」
「嫌だしっ!」
点を与えたぐらいで腹を切りたくない。
「だったら、抑えるぞ! 相手の揺さぶりに乗っかってたまるか」
「最初に乗っかったのオマエだけどな!」
尤もなツッコミに、笑いが起こる。よし、行こう! と大貫が声を掛けると、六人は円陣を組み、おぉっ! と吠えた。
ワンナウト走者三塁、箕曽園の攻撃は案の定スクイズで来た。一点は仕方ないだろう、観客誰もがそう思った。だがインハイに投げ込まれたボールをバントで転がした先に、駆け寄った宮辺がいたのが、箕曽園にとって不運だった。可愛い顔をしたピッチャーは悪代官のようにニヤッとし、本塁へグラブトス。受けたボールを、今度はやや慎重気味に大貫は一塁へ送り、ダブルプレーでその場を凌ぐ。観客が大いに沸くなか、自分で犯したミスをなんとか挽回し、キャッチャーマスクを外してホッと一息ついた──。
そして現在、三回裏の北条の攻撃は、九番バッターの宮辺に打順が回っていた。するとスタンドから、
「宮辺くーん! 頑張ってー!」
「優ちゃーん!」
「キャー可愛いー!」
女子からの物凄い黄色い声援に、一瞬ここはアイドルのコンサート会場だったかと周りは錯覚する。
「何アレ?」
「『優ちゃん』って……」
「おい、違う学校の子も応援してるぞ」
北条のスタンドメンバーが騒然としている。武下は仏頂面で、
「こないだ受けたテレビの取材で出来たファンだと思いますよー。あいつ、昔から女子受け良いですから」
「ファンンッ?!」
「一年のクセに一丁前にファンだと?!」
「ナ! マ! イ! キ!」
こちらは嫉妬が物凄い。
「ハハッ、宮辺が『王子』と呼ばれる所以知ってます? あの顔だから勝手に取り巻きができるのもそうですが──」
次の瞬間、宮辺の打った打球が左中間を大きく抜ける。ファンの女子達が、アイドルに手を振り返された時のような勢いで歓喜の悲鳴を上げる。
宮辺はすばしっこく一塁ベースを蹴ると、スピードを落とさず一気に二塁ベースへ滑り込む。外野手は二塁への送球が間に合わない。
「ウッソだろ、あいつがツーベース?!」
「おいおい、無理すんなぁ!」
「やってくれんじゃん!」
先程とは打って変わった反応を見せる先輩達に、武下はほくそ笑む。
──声援を力に変えられるタイプ、宮辺のココが怖いんだよなぁ。ま、決まって女の子からの黄色い声援だけだけど……。
はぁー羨まし、と溜息を吐くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます