球児、聖母の愛に気付く。
第54話『二人のエース』
──ノリくーん! キャッチボールしよー!
──ごめん優太、俺リトルリーグに入る事になってさ、今日から練習に参加するから当分遊べそうにないや。
──リトルリーグ……? それ、ボクもやりたい!
──お、じゃあ一緒にやるか!
──うん!
──えー! ノリくん、リトル辞めるの?!
──悪い。友達からの誘いで学校の野球部に入る事にしたんだ。結構強いチームで、掛け持ちだと難しくて。
──なんだよそれー! じゃあ僕もそっち行く!
──優太まだ二年生だろ、無理だよ。四年生になったら来い、待ってるから。
──うん、待ってて! それまでリトルで超腕磨いとく!
──さすがノリくんだねー! エースだなんて凄いや!
──サンキュ。……優太、言ったろ?
──分かってるよ、でも二人の時ぐらい良いでしょ? 敬語って肩凝るんだよねー。
──まったく、しょうがない奴だな……。
──あの新入部員凄いな……宮辺って言うのか。華奢なのに良い球投げる。
──ほら、岩鞍と同じリトルにいたらしいぜ。
──なるほど、硬式出身か。岩鞍の良い後釜になれそうだな。
──だな。そう考えると岩鞍って本当に凄いな、何せ四年生の時からエースだもんな!
──おいっ! 宮辺がまた脱走したぞ!
──あいつ何度目だよ! こないだも女子と遊びに行ってたし!
──そんなに岩鞍先輩にエースナンバー取られたのが悔しいのかな……。
──子供かっ! てかそんなの仕方ねぇじゃん、まだ一年生なんだからよ。
きっと誰にも分かるわけないさ。いつも一緒にキャッチボールして遊んでいた友達が、いつの間にかとんでもなく遠い所に行ってて、置いていかれるのが嫌で血を吐く思いで追いかけて(実際に血は吐いたけど)、やっと近付けたと思ったらまた更に見えない所にいるんだ。これじゃあ、いつまで経っても追いかけっこだよ。
だから……。
「だからこの試合で投げ切って、証明してみせる」
僕が、あの人に負けないくらい、エースに相応しいピッチャーなんだって事を! そしたら──。
「……なんか宮辺、物凄い気迫ですね」
ベンチから見守る田城が、圧倒気味に言う。岩鞍は苦笑いしながら、
「んー、ちょっと力入ってるな。空回りしなきゃ良いんだけど」
「あいつ、昔からあんなに負けず嫌いなんですか?」
「いや……小学校低学年までは全然そんな事なくて、素直で可愛いヤツだったよ。気付いたらあぁなってた」
「えっ、そうだったんですか?」
「まぁ、なんでそうなったのかは何となく分かるけど……」
「……」
田城は何も言う事ができず、黙り込んだ。
なぁ宮辺、知ってるか? オマエがリトルに入ったのが年長で、俺が小二、野球歴で言えばオマエも俺も差はないんだよ。それなのに、学年が下ってだけで、オマエはいつも俺の後ろを追わされる形になってたよな。
宮辺の投げる姿を目に焼き付けながら、岩鞍は一人静寂に包まれる。
オマエがどれだけそれに踠いてきたのか、俺は知ってる。だけどもう、良いんだよ。後を追う必要はない。だってそうだろ? 俺が唯一、肩を並べて投げられるのは、オマエしかいないんだから。
一回表──フォアボールを一つも出す事なく、打たせて取るピッチングでスリーアウトにし、順調な滑り出しを見せる。
「良いぞー宮辺!」
「ナイスピッチ!」
「やればできる子!」
ベンチに戻る途中で野手陣から次々と声を掛けられ、ついでに頭を叩かれる。宮辺は翔斗の姿を見かけると、
「ナイス送球!」
事実、セーフになりそうな程足の早いバッター相手に、正確且つ素早い送球でアウトに仕留めたのがこの男。翔斗は「んっ」とだけ返して、グローブ同士でハイタッチをすると、
「宮辺、立ち上がり好調じゃん」
「まぁね!」
ベンチに辿り着き、微笑みを投げてくる人物にふと気付く。岩鞍だ。宮辺と目が合うと、親指を立ててみせる。それを見て宮辺も、サムズアップで応えた。
エースに相応しいピッチャーなんだって証明できたら、そしたら──。
あの人と一緒に、肩を並べて投げられる。後釜や控えなんかじゃない。二枚看板として、二人のエースとして、甲子園で投げるんだ……!
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