第53話『キミへのお願い』
「やっぱ箕曽園と言ったら、岡田かなー。岡田輝人!」
「あぁ、いたね。そんなスラッガー」
「密かに憧れだったなー。確かプロ入りしたはずなんだけど、もうずっと見てないや」
「そういえばそうだねぇ」
「んあ? どうしたんだよ佐久間、そんな所で突っ立って」
部室に入るなり出入口で微動だにせず、自分達の会話を黙って聞いている翔斗を見て、武下は怪訝な顔をした。
「まさか、男の着替えシーン眺めるのが趣味?」
いつもの仕返しとばかりに宮辺が戯けて言う。翔斗はそれをスルーして、
「なんで今、輝に……岡田輝人の話題が?」
武下は目を瞬いて、
「なんでって。明日当たる箕曽園が、昔よく甲子園出てたよなって話してて。当時活躍してた人だし」
「それがどうかした?」
「……いや、何でもない」
翔斗は自分のロッカーへ向かうと、おもむろに着替え始める。武下と宮辺は顔を見合わせ、キョトンとした。
──明後日きっと、輝にぃに会えるわよ。
昨日の三葉の言葉を思い返す。シャツを脱ぎながら、翔斗はそっと目を閉じた。
輝にぃ、今でも
「あ、早乙女!」
雑務に励む桜の姿を見掛けると、宮辺は嬉しそうな面持ちで駆け寄った。
「宮辺くん。もう投球練習は良いの?」
「うん、田城先輩から明日に備えてストップかかった」
本当はもっと投げたかったけどね、と苦笑いする。
「ふふ、明日先発だもんね」
桜の言葉に満足そうに頷いて、
「準決勝の先発を任せてくれるなんて、監督もついに僕をエースとして認めてくれたのさ!」
うんうんと桜は声に出さず、微笑む。
「こうなったら、絶対あの人にリリーフさせずに最後まで投げ切ってやる。そして決勝──」
唐突に言葉を切ったので桜は首を傾げると、宮辺が急に緩んだ表情を引き締めた。
「そして決勝でも投げて、甲子園に進んだら、キミに……キミにお願いしたい事があるんだ」
「え? 何……」
「それは、その時になってから言うよ」
目をパチクリさせる桜に微笑み掛けると、
「じゃ! そういう事でヨロシク!」
と、颯爽と去っていった。一人ポツンと取り残された桜は、
「なんだろう……。もっとお守り上手に縫ってほしい、とかかな?」
などと考え、「どうしよう……できるかな」と不安に駆られるのだった。
その頃、誰もいない投球練習場でキャッチボールをする二つの影があった。本物のエースとその女房役だ。
「明日勝てば、ついに明後日が決勝戦か」
「ハハッ。珍しいな、オマエが先を見るなんて」
「ムッ、これでもキャッチャーでキャプテンだぞ。俺が先を見なくてどうする」
「いや、自分でいつも試合前言ってるだろ。『先を見ず今の試合に集中しよう』って」
「……ふん、オマエに言われるとは。俺もらしくないな」
「まぁ仕方ないさ」
「それにしても監督、明日の先発を宮辺にするとは思い切ったな」
「そうかな? 俺はそうじゃないかと思ってたよ」
「きっと全国までオマエを温存させたいんだろうが、相手はあの白付を敗った箕曽園……底が知れん」
「だからこそ、あいつなんじゃないのか。底が知れん相手には、底が知れん奴を」
「フハッ。目には目を、か」
「大丈夫だ」
と、ボールをキャッチするとそのまま投げずに、
「これからの事を考えたら、あいつには必要な経験だ。それを監督も、分かっているのさ」
「あぁ。そうだな……」
もちろん、分かってるぞ。オマエが、どれだけ宮辺に期待しているのか……。
フッと目を細めると、
「よし! あと十球で終ろう」
と、一年生の頃からの相棒に声を掛けた。
準決勝──。
北条と箕曽園の試合は、伝統校と元祖強豪校の一戦として、今大会で一番の注目カードとなった。下手をすると実質決勝戦では……と囁かれるのも無理もない。また、片やシード校、片やシード校を初戦敗退させたノーシード校という、ストーリー性ある肩書きも手伝って、この日の観客動員数はここ数年で類を見ない大入りであったという。
「へぇ、エースが先発じゃないのは少し意外だったな。まぁ、何の問題もないけど。さて……」
スタンドから整列の様子を見守る男は、サングラスを外す。
「あいつがどんなプレーをするのか、楽しみだよ」
輝人は思わず笑みを溢すと、
「翔斗、久しぶりに勝負といこうか」
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