第51話『レジェンド的エース』
「くっそ、なんであれをホームランにするかなっ」
聖南のピッチャー、もとい四番打者はベンチに戻ると吐き捨てるように言う。打順三番のキャッチャーは表情を曇らせ滝のような汗を拭いながら、
「まさかアウトコースを運ばれるとは思わなかった……」
結局、北条は一イニングで一挙四得点を獲得した。聖南打線としても、そろそろ得点をあげておかないと後が厳しい。
「次だっ! 次で追いついて一泡吹かせてやる!」
「よし、やってやろう……!」
二人の意気込みに周りの選手達も感化され、熱量がより一層高まっていく。
だが一泡吹かせたいのは北条のエースも同じだった。そしてこの日、岩鞍は伝説を作る。
あれ、今日決勝でしたっけ? と思う程、ストライクカウントが止まない、止まない、止まない。あっという間にスリーアウトを取り、強打線の聖南相手に奪った三振は、七回の時点で計十一。
「す、すげぇ……。この人容赦ないわ」
「敵に回すと恐ろしいタイプだな」
「内野手達もよく応えてるよ。まさに鉄壁、全然後ろに逸らさない」
「こりゃ今年の優勝、北条で間違いないんじゃね?」
ホォーと感嘆の声すら、スタンドから興奮気味に漏れ出る。
そして続く裏の攻撃で、北条は三点を追加し、サヨナラでコールドゲームが成立した──。
「ほら、行こう。整列しなきゃ」
肩を落として呆然と立ち尽くすピッチャーの背中を何度も叩いて、キャッチャーが声を掛ける。……自身の目も赤い。やがて背番号「10」を付けたピッチャーは肩を震わせ、
「くっそ……なにが、なにが強打線だ。なにが、四番だ……ちくしょう」
涙を流しながら口にする様を、整列で出てきた宮辺は、沈痛な面持ちで見ていた。
「良かったなー。ご贔屓のあいつが準決勝進出できて。おまけにホームランまで」
棒読みに近い言い方で、千宏はグラウンドを眺める。三葉はジト目を向けて、
「意外としつこいわね。森くんこそ、どうせあのマネージャーさん目当てなんでしょ?」
「そりゃあ、桜は俺の初恋だかんなー。あー、早くハグしてぇ」
「……アンタ、いつか本当に北条の人からボコられるわよ」
少し呆れながら言うと、
「さてと。それじゃあ私は行くわ」
と、立ち上がる。
「おーおー、とっとと行ってくれ」
手をヒラヒラさせる千宏をキッと睨み付けて、
「分かってるでしょうけど……北条の人達に粗相をしたら、タダじゃおかないわよ?」
果たしてこの釘刺しがどこまで通じただろうか。
試合後、北条メンバーは球場周りの広場でしばし待機していた。
「やっぱウチの
「毅、褒めるならもっと声張れよ。何をさっきからブツブツ言ってんだ?」
嶋谷が怪訝そうにツッコむ。
「シマ、オマエ今日打球いくつ飛んできた?」
「え? いや、ゼロだけど……」
「だろ!? あいつの奪三振ショーが見事すぎて、俺今日こっちに飛んで来ないと踏んでたもん」
「オマエそれ止めろよ」
名誉の為に言っておくが、惣丞の冗談である。
「へぇー、どうりでこっちの守る範囲がやけに広いと感じました」
突然後ろから低い声が聞こえてきた。
「おっ翔斗! 本日のヒーローのお出ましか!」
「佐久間、ホントよくホームラン打ったよ。凄いな、オマエ」
先輩からの褒め言葉に、翔斗は素直に嬉しくてはにかむ。
「やっぱ俺のアドバイスが効いたかなー!」
と、上機嫌な惣丞に眉を寄せて、
「アレのどこが〝アドバイス〟なんですかっ!」
アレのどこが!
「あっれー? 違った? でも結果残せたじゃん」
ニヤニヤとしているその顔を殴りたくなる。ちなみにそのアドバイスとは、次の通りである。
『なぁ翔斗、知ってるか? 桜っちは推定Dだ、おっぱいある子ってのは盗み見られてる事に気付くらしい。だからオマエも気を付けろ!』
……どんなアドバイスだ。
「そういえば佐久間に耳打ちしてたけど、何て言ったんだ?」
「お、気になるかシマ!」
「言わなくて良いです!」
すると、
「なんだよ随分賑やかだな」
顔面男前のエースが爽やかにやってきた。
「岩鞍、もう解放されたのか?」
試合後、地方メディアの取材陣に囲まれていたのだ。(ちなみにこの日全く登板していない宮辺も、可愛いという謎な理由で捕まっている)
「あぁ。今日の奪三振についてあれこれ質問された」
「だろーな!」
「でも答えるのに悩んだよ。俺としては、今日は何としても降板するわけにはいかなくて必死だったから」
岩鞍は、白目で取材を受けている宮辺に目を細めると、
「ただ、それだけの理由なんだけどな」
まだ宮辺が小学校に入ったばかりの頃だろうか。本人はきっと覚えていないだろうが、こんな会話をした事を思い出す。
──ノリくん! コーコーセイなったらさ、一緒にコーシエン出て二人でエースしよ!
──……あぁ、良いよ! 必ず優太を甲子園に連れてくよっ。
──なんでだよ! ボクが連れてくよっ!
──ハハハッ、じゃあ頼んだ! 小さなエース?
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