第50話『スウィングの快音』
大貫は、ブラスバンドの奏でる某スパイ映画のテーマソングを耳にしながら、打席でバットを構える。重低音が実に心地良い。
六回裏──毎回ランナーを出してはいるものの得点に結びつかず、そろそろ先制点をあげたいところだ。お誂え向きに、二塁にはツーベースを放った惣丞が今か今かと次塁を狙っている。
このチャンス、逃してなるものか……。
チームの士気を下げさせない為にも、ここで打ち取られるわけにはいかない。チューバの旋律と共にバットを振り抜く。瞬間、歓声があがった。
セカンドがダイビングして飛びつくが、打球の勢いが勝り、大きく開いた右中間を抜ける。聖南の外野シフトも良くなかった。センターが打球を追い掛ける間に、惣丞はホームに生還。それを横目に、大貫は一気に二塁ベースを蹴る。北条側のベンチとスタンドがさらに沸き立つ。センターから中継プレーを経て送られたボールが、サードのグローブに届く前に、大貫はスライディングで三塁ベースに到達した。
「キター!! スリーベースヒット!」
「っしゃー! ナイスタイムリー!」
「これぞ我らがキャプテン!!」
三塁側から飛ばされる声援に向かって、大貫は拳を高く突き上げた。ふと、スタンドで金色に輝く一角が目に入る。その中にチューバ奏者の女子生徒を見つけると、目を細めて見つめる。彼女もそれに気付いて、マウスピースから口を離し、ニッコリと微笑んだ。
一方ベンチでは───、
「見たかシマ、やっぱ俺のツーベースが良い仕事しただろー」
「……毅、自分で言うとダサいぞ」
「いいだろ! 誰も誉めてくんねぇんだもん」
決してそういうわけではないのだが、惣丞に対して誰もが「打てて当たり前」という風潮があるのも否めない。
「佐久間」
と、嶋谷は横に座る翔斗を巻き込み、
「すまんが、いじけたセンパイを構ってやってくれ」
「えー……」
「おい翔斗、なに面倒くさそうな声出してんだよ」
ますます惣丞がいじける。
「あ、いや。ていうか、そろそろ打順なんで行きます」
そそくさと席を立つ翔斗に「ちょいと待て」と惣丞は引き留め、
「オマエに一つ、アドバイスしといてやる──」
その間、北条はスクイズを成功させ一点を追加していた。続く打者がフォアボールで出塁し、そして打席は翔斗に回る。途端、ブラスバンドの軽快なリズムが鳴り響く。──応援曲のリクエストをブラスバンド部から尋ねられた時、特になかったのでとりあえず好きなロックバンドを答えたら却下され、替わりに何故か某女性アイドルグループの曲が割り当てられてしまった。これではまるで自分がファンのようではないか、などと一瞬思ったのだが、不思議と愛着が湧いてきた。
そんな余談はさておき、バッターボックスに入った翔斗は、先程の惣丞の言葉が脳裏を過ぎる。息を吐くと、ピッチャーがセットポジションに入る様を眼光鋭くしっかりと見据えた。
このバッター、一年だっけ。くっそ、顔が良いな……。てか岩鞍を筆頭にどうして北条はイケ顔揃いなんだっ。(大貫は別だが)
ブツブツと恨み節のようにピッチャーが呟く。
そういやマネージャーも無駄に可愛い……天使か? どうせ部内でイチャコラ青春ラブコメでも送ってるんだろ。俺らは土と汗にまみれた毎日を送ってるってのに……うっらやましぃぃぃぃー!!
ゴゴゴゴ、という効果音が聞こえそうなくらい不穏な闘志を突然発せられ、翔斗はビクッとする。
コロス! 絶対にコロしてやる!
閻魔大王のような迫力で投げられたストレートは、インコースに構えたキャッチャーミットに収まる。
「ストライクッ!」
ヘッ、手も出ねぇか。そりゃあ青春野郎には無理もない。
満足そうに、うんうん頷くピッチャーを、一方でキャッチャーは心配していた。
こいつ……、メンタル大丈夫か?! 要求と球種違うんだが……!
ツーベースの後にスリーベースヒット、そしてスクイズを決められたあげくフォアボールを選ばれたこのピッチャーには、八つ当たりできる何かが欲しかったらしい。
良い球だったけど、頼むからせめて要求通りのをくれ……。
あと一塁にも牽制してくれ、と若干危機感を覚えながら冷や汗をかく。
次のサインにマウンド上で首を縦に振るものの、投球が内側に外れボールカウント。だったら今度はアウトコース寄りにと、いっその事ゾーンを外しても良いと思った。
それが、気付いた時には、思い切りスイングしたバットの快音と共に、ボールは弧を描き見えなくなった。
「入った……」
頬を伝う汗に構う事なく、桜は思わず呟く。
打った瞬間、翔斗は拳を力強く握り締めた。手応えが、あった。
打球はセンターの頭上を軽々と超え、悠々と外野スタンドに入っていく。
「ツ、ツーランホームラン!!」
「しかも一年が……!」
「今のよく運んだな!」
おおお! と球場内が轟き、三塁側スタンドとベンチは歓喜に包まれ、ブラスバンド部がここぞとばかりにスウィングする。
「あいつ、やりやがった……」
喜びも嫉妬も含んだような表情で、武下はホームへ還ってくる翔斗を見やる。
少し離れた位置に座る千宏は、面白くなさそうに黙り込んでいる。その近くで、三葉は微笑みを隠すように、両手で口元を覆った。
「凄い……凄い、凄い!」
もはや頬を流れる物が汗なのか嬉し涙なのか、桜は自分でも分からない。ベンチに戻ってきた功労者はそれに気付くと、クシャッと表情を崩して頭をポンポンッと撫でた。
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