第48話『愛の力』

「ゲッ、なんでオマエがここにいるんだよ……」

 武下はスタンドで顔を引きつらせた。

「やぁやぁ武下くん! 暑い中応援ご苦労ご苦労!」

 満面の笑みを浮かべるのは、桜に突然ハグをした過去を持つ千宏だ。

「ご苦労じゃねーよ! 何しに来た!」

 と噛み付くと、

「嫌だなー。これから試合する北条を応援しに来たに決まってるじゃんか」

 ニヤついた表情で態とらしく肩を竦める。

「応援ー?」

「疑ってるねー! 今日ウチ練習休みだからさ! 暇つぶし!」

「誰? 武っちのお友達?」

 万理がヒョイッと武下の隣から顔を覗かせる。

「万理ちゃん、こんな奴見たら目が腐るよ! 見ちゃダメだ」

「ひどい言い草だなー」と千宏は万理と目が合うと、

「か、可愛い! え?! 何この萌え萌えな子!? かわ……ハグして良い?!」

「良いワケないだろ!」

 武下は必死にガードする。

「なんだよ武下クン、独り占めは良くないなー。それともキミ達付き合ってるとか?」

「えっ……」

 急に予想外の事を言われ動揺する武下を差し置き、万理は、

「そんな事アナタに関係ないでしょ? 応援するならあっちでして! あと突然女の子にハグしようなんてキモイ!」

 キモイ……キモイ……キモイ……。

 何故か千宏にはそこだけエコーが掛かる。

 万理ちゃん、よく言ってくれた……! 武下は心の中で涙した。

 ぐっ……この気の強さ、誰かを彷彿とさせるぜ。

 千宏のHPが一気に減っていき、ゆらりと後退る。

「オマエらなんか……」

 どうにか声を絞り出すと、

「オマエらなんか、不潔だー!!」

 ターッと千宏は走り去ってしまった。

「あいつ、実はメンタル弱いな」

 武下はポツリと言った。

「最っ低な奴ね、どっちが不潔なのよ」

 呆れる万理の声にハッとなり、

 待て、ここで俺と万理ちゃんが不潔とか言われると完全に誤解が生じる……。

 周りの部員達が向けてくる追求の目を見れずに、武下は遠くを眺めた。


 ……なんて事が起こっていたとはベンチのメンバーは誰一人知る由もなく、シートノックから戻ってくると大貫は声を張り上げた。

「目の前の試合だけに集中して着実にいこう! 浮足立たないように一人一人できる事をしっかりとな!」

 勝つぞっ!! と、チーム全体の士気が上がり、スタンドから大いに拍手と歓声が湧く。

 凄い、応援でこれだけ皆の空気が変わるなんて……桜は素直にそう思った。

 今試合からブラスバンド部(こちらも強豪名高い)と、有志によるチアガールが応援に駆けつけてくれていた。もちろん、それまでスタンドメンバーや保護者からの応援もあったのだが、それとこれとは別格らしい。特に大貫は、いつにも増して勇ましかった。

 やっぱり、応援の力って良いな……。

 私も応援で力を与えられる人になりたい、とえくぼを作り、人知れず決意する。


「……今日、なんでこんなに大貫が張り切ってるか知ってっか?」

 惣丞は翔斗にコッソリ耳打ちする。

「え、強打線相手だからじゃないんですか?」

「まぁそれもあるけど。今日ブラバン来てるだろ?」

「はい」

「ブラバンの部長、大貫の彼女」

 ニシッと愉快そうに笑う。

「……えっ?! 大貫先輩に彼女いたんですか?!」

 スポ根を象った人物なのに?!

「バカ! オマ、声デカイよ!」

 と焦るが、誰にも聞こえていないようだ。惣丞はホッと息を吐き、

「一去年の甲子園で応援演奏に来てた時、そいつ熱中症で倒れてさ。担当がチューバなんだけど、楽器の下敷きになりかけて。それを咄嗟に助けたのが、当時スタンドにいた大貫!」

 へぇーカッコいい……と翔斗は感嘆する。

「そこで彼女が一目惚れして、何度も大貫に告ってたの。大貫はずっと断ってたけど……あまりにも熱心で、今年ついに折れたってわけ」

 でも今じゃ大貫の方がゾッコンよ♡ と、付け加える。

「てか惣丞さん、やけに詳しいですね」

 翔斗の言葉に惣丞は目線を逸らし、

「まっ、その彼女の事はガキの頃から知ってるから」

 翔斗は何かを感じ取るが、何も言わずにただ黙った。

「おい、なんでシケんだよ! せっかくリラックスさせようとしてんのに」

 翔斗はブハッと笑いが込み上がり、

「リラックス……させてたんですか?」

「そーだよ! オマエいつもより力入ってたから。先輩の愛だよ、愛!」

「いや、男から愛を貰っても……」

 もちろん冗談である。

「贅沢言うな! 翔斗に女の愛はまだ早い!」

 え、何それ?

「じゃあ……」

 翔斗は膝に手を乗せて、相手チームに闘志を燃やす。

「センパイの愛に応えて、暴れてきますか」

 審判団がグラウンドへ出てくる。両チームとも声を上げ、待ち切れないとばかりに、嬉々として駆け出した──。

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