第47話『雨音と洗濯物』
ポタッと大粒の雫が空から落ちてきて、桜は屋外の洗い場で手洗いする手を止める。
なんだか嫌な予感が……。
さっきまでの青空はどこへ行ったのやら、分厚い雲に覆われた空を見上げてそう思った矢先だった。ザザァー! とバケツをひっくり返したような雨が猛然と降り出した。
あぁ……洗濯物が!
今日は天気も良く晴れ予報だったので、桜は張り切って洗濯機を使わずに部員達のユニフォームを手洗いし、外干ししていた。(その第三弾が現在洗い場で溜まっている)
突然のスコールはこの時期仕方がない。だが明日の準々決勝でナインが着るユニフォームも混ざっているので、今雨に打たれるのは大問題なのだ。
グラウンドで練習に励んでいた部員達も目の前の室内練習場に駆け込んだりしている。
桜は逆方向に駆け出した。ちなみに、この洗い場から洗濯物干し場にしている部室横までは、バッターボックスから走塁してホームに還ってくるまでの距離に近い。塁間ダッシュ(?)よろしく、全く速くない足で猛雨の中、全力疾走する。
と、そこへ誰かが桜を追い抜く。
「洗濯物?」
振り返って、エスパーのように言い当てたのは翔斗だった。
「あー、やっぱ濡れちまったか……」
翔斗は取り込んだ洗濯物を部室に運び込むと、長テーブルの上に乗せた。
翔斗の倍以上掛かって辿り着いた桜は息を切らせて、「ごめん、ありがとう」と少しションボリ洗濯物を眺める。
雨は尚も激しさを増し、部室のトタン屋根をけたたましく打ち鳴らす。
天候を恨んでもどうしようもない。桜は気を取り直して、
「また洗い直さなきゃだね。でもなんで、洗濯物回収しに行くって分かったの?」
「あぁそれは……」
洗い場でずっと洗濯してるのがグラウンドから見えてた、と桜の方を向くと、翔斗は物凄い勢いで顔を背けた。
え? どうしたんだろ?
キョトンとする桜に、洗濯物の中から比較的乾いているタオルを見つけ出し、顔を背けたまま後ろ手で投げた。タオルは桜の手元にキッチリ届く。
「?」と意図がまだ分かっていない様子なので、翔斗は言いづらそうに、「透けてるから……」と教える。
透けてる……?
もう一度言うが、スコールの中を短い時間とはいえ走ってきたのだ。結構な水分を含んだ桜の薄い素材のTシャツは肌に貼り付き、つまりは下着が透けていた。
「?!!!!」
顔を真っ赤に、普段からは考えられないスピードでタオルを体に巻く。
「お、お見苦しい物をお見せして……スミマセン……」
何故か謝る桜。
「いや、こっちこそ。結構な物を……」
よく分からない返しをする翔斗。
二人の動揺が沈黙となり、雨音を賑わせる。先に口を開いたのは翔斗だった。
「とりあえず、着替えたら? 体操服とか、あるだろ。そのままじゃ風邪引くし……」
他の
「あ、う、うん……そうする。ありがとう」
翔斗が光の速さで部室から出て行くと、桜は羞恥のあまり、両手で顔を覆ってその場にしゃがみ込んだ。
うぁーなんて事を……。翔斗くんずっと顔背けてくれてたから良かったけど……。
頬が段々熱くなるのが分かる。
「本当に、紳士だな……」
ポツリと溢れた声は、雨音に掻き消された。
一方翔斗は、部室の前で滝行のように雨に打たれていた。いや、別に好き好んでそうしているわけではない。中で着替える桜の為に、部員が入ってこないように見張り番をしているのだが、雨を凌げるスペースがなく、結果そうなっているのだ。
まぁしかし、頭を冷やすのには丁度いい。ハァー、と溜息を吐くと顔に片手をやる。
……少し、もったいない事したな。
若者の煩悩を咎めるかのように、雨は雷雨を伴った。
「なぁ武ぴ、翔斗見なかったか?」
室内練習場に入るなり惣丞は言った。
「え? いや見てないっす」
「おっかしいなー。トレーニングルームにもいないから、こっちかと思ったんだけど」
トレーニングルームはウエイトトレーニング器具のある、この隣の部屋だ。
武下は顎に手を当てて、
「ブルペンなわけないですしねぇ。あとは、部室とか?」
「部室か……そういや、雨が降り出してから桜っちを追い掛けてったの見たな」
「え、桜ちゃんを? なんでです?」
「さぁ? そっから行方知れず。てか桜っちも見ないかも」
惣丞はあっけらかんに答えるが、武下は眉を潜める。
「どうします? 今頃、部室でちちくりあってたら……」
わりと本気で言っている。惣丞はハハハッと笑って、
「それは無いだろ! 翔斗に限って」
「いや……あいつ硬派ぶってますけど、あーいうタイプが一番下心あるんですって。絶対ムッツリ」
「えーマジ? 翔斗も健全な男子高生だったのか……」
明後日の方向に感動する惣丞だった。
雨はその後も降り止む事はなく、結局桜は洗濯機と部室(緊急室内干し場)を駆使し、何とかユニフォームを間に合わせた。
そしてこの日以降、厚手のインナーをキチンと着込むようになったらしい……。
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