第46話『悩める少年』

 大量得点でベスト8を決めた北条は、二日後に控えた五回戦──準々決勝へと駒を進める。

「はぁー、こないだ開幕したかと思えばもう残り三試合かー」

 惣丞は少し感慨深そうな顔を見せながら翔斗と共にバッティング練習へ向かう。

「ホントに、あと一週間もしないで決勝なんて……あっという間ですね」

「頼むよ翔斗ー、俺達を甲子園へ連れてって♡」

 どこかで聞いた事のあるフレーズ。

「可愛くないです」とバッサリ切ると、

「それより明後日の聖南せいなん高校、強打で勝ち上がってるみたいですね」

「オマエ相変わらず冷たいな。……だな、しかも長打率が高いときたもんだ」

 惣丞は肩を竦め、

「こりゃあ今日伝説を作った奴だと、更なる伝説を作りかねねぇなぁ……」

 伝説がネタにされつつある。

「どっちが投げたとしても、自分達は後ろに抜けさせず守り切るだけですよ」

 力強い口調の翔斗に、

「なんかオマエ……カッコいいよ」

 惚れちゃいそう、と口元を押さえ頬を染めるので、翔斗は「そいつはどーも」と適当に返事をした。すると──

「お、噂をすれば」

 惣丞が目ざとく、前方から歩いてくる宮辺に気付いた。

「お疲れ様です」

 宮辺は惣丞に挨拶をする。

「おっつー。何? 今日はもう投げねぇの?」

 今日の反省をしたい、と投球練習場に入っていたのを知っている。

 目を翔斗へ向けて、黒いオーラを渦巻かせながら、

「はい……ちょっとやっぱり、このモヤモヤを抱えたままで良いピッチングはできません」

「いやそれでもしろよ、ピッチャーなんだから」

 珍しく至極真っ当なツッコミを惣丞は入れた。

「毅先輩、少しこの野郎を借りても良いですか?」

 尤もなツッコミを無視し、宮辺は翔斗を指差す。

 少し怪訝そうに、「悪い。今からバッティング練習するから」と言う翔斗を制して、

「いいぞ。もうミーティングも終わって各々自主練してるだけだし」

 俺の意思は尊重されないのか……? 翔斗は惣丞を見る。

「ありがとうございます」と言わんばかりに、宮辺はペコッと頭を下げた。


 翔斗! 後でちゃんと来いよー! と手をヒラヒラさせる惣丞を見送って、

「で? 何?」

 翔斗は宮辺に向き直った。

「キミに聞いておきたい事があって」

 両腕を組み、キッと翔斗を見上げる。何となく、小型犬が威嚇する様を翔斗は思い浮かべる。

「佐久間……キミさ、本当に好きな人いないの?」

 宮辺は至って真剣な顔付きで言った。だが、翔斗は何をどう勘違いしたのか、

「……だから、前にも言ったけど宮辺の気持ちには応えられない──」

「しつこいなっ! その線から離れてくれる?! なんで僕がそう見えるのさ!」

 いやだって、こないだも試合の時俺の事見つめてたじゃん。

 本人の意思に反し、風貌も相まって分からなくはない。

「ホントに違うからっ。だいたい、僕の好きな人は早乙女だし」

 つい、ポロッと言ってしまった。しかし翔斗は、

「……一応確認だけど、まさか監督の方、じゃないよな?」

 どんな確認だ。

「マネージャーの方だよっ!!」

 宮辺は噛み付くように声を荒げた。きっと試合出場停止という処分がなければ、宮辺は今頃殴っていただろう……。

「佐久間、もしかしてさっきから茶化してないか?」

 思いっきり眉を潜めて言った。

「悪い、やりすぎた。冗談だ」

 翔斗はシレッと答える。

「悪い冗談だよ、まったく……」

 ジロリと睨み付けると、

「それで? 佐久間の好きな子は?」

「エラく食い下がるな。……いないよ、野球に集中したいから」

 と、待ち切れないのか、翔斗はその場で軽く素振りを始める。宮辺は口端を上げて、

「じゃあ、キミは早乙女の事、何とも思ってないんだね?」

「桜……?」

 陽がすっかり落ちてきて、グラウンドのライトに明かりが灯る。それを眺めながら、

「支え、かなぁ」

 ポツリと溢す。

「え?」

「俺さ、これでも結構必死なんだよ。どうしたらもっと打てるか、どうしたらアウト一つ増やせるか……いつもわりと余裕ないの」

 普段の自信満々な笑いとは違う。どこか、憂いを帯びた笑みだった。

「桜は、そういうとこ分かってくれてるし、何気に結構支えられてるから」

「それは、『好き』とは違うの?」

 宮辺の言葉に、翔斗は素振りの手を止める。

「なぁ、〝好き〟って、何だろうな?」

 翔斗の素朴な疑問だった。だが哲学的な問い掛けに、宮辺は目が点になる。

「え、佐久間……。今までの人生で人を好きになった事がないの?」

 翔斗は少しムッとして、

「失礼な。普通にあるけど」

 あぁ、情報通おしゃべりな誰かから聞いたけど、白付にいる幼馴染のマネージャーか……と宮辺は思い出す。

「それなら、その子に感じる感情と早乙女に感じるものが同じだったら、『好き』って事じゃない?」

 そもそも僕は一体何を説明させられてるんだろう?

 翔斗は一巡して考えてみると、

「同じではない、かも」

 あいつと桜とでは、この気持ちは全然違う──。

「それって、もう答え出てるじゃん」

 と、宮辺はホッとした面持ちで、

「安心したよ、キミがライバルじゃなくて。ありがとう、おかげでモヤモヤしてたのがスッキリした」

「こんなんでスッキリしたなら、良かった……」

「時間取って悪かったな」

 それじゃ、と走り去る宮辺を眺めながら、翔斗は思った。

 だけど、だったらなんで俺の方が、モヤモヤしてんだろうな?

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