球児、球児に宣戦布告される。
第44話『暴走する二人』
「っんー! ようやく明日から夏休みかぁ!」
万理は喜びを噛み締めて思い切り伸びをした。
「まりり、追試合格点だったもんねぇ」
良かったねーと桜は微笑む。
体育館での全体終業式が終わり、各教室へ戻る途中で、クラスの違う万理が桜を見つけてきたのだ。
「点数ギリギリだったみたいだけどね。でも良いの! 私は自由を掴み取ったのよ! はぁ……♡ 午後から何しよー」
すっかり上機嫌の万理に桜は終始ニコニコ。
「あ。でも、さくタンは今日も部活だっけ?」
「うん、明後日が試合なんだぁ」
「華のJKが夏休みに白球とデートとは……」
何故か憐れまれ、桜は苦笑いをする。万理は「そうだ!」と手を叩いて、
「でも、来月の花火大会は一緒に行けるでしょ? 夏休み最終日だし!」
「うーん、どうだろ。その頃には秋大会始まってるから……」
行きたいのは山々だけど、と桜は困った顔で笑う。
「あかん……」
「え?」
「あかんで桜……! 華の旬は短いのよ! 泥だらけの青春を謳歌してるだけじゃそこに愛は生まれないのよ!」
演説よろしく、万理は握り拳を作る。
「あ、愛……?」
また最近ハマったアニメにでも影響されてるのかな……ハハッと笑みを引きつらせると、
「大丈夫。愛は生まれなくても応援したいから、良いの」
迷いのない桜の答えに、おや? と万理は首を傾げた。
その数メートル前方を歩く翔斗は、武下に絡まれていた。
「えーヤバっ、超可愛い……二人とも天使かな? 何喋ってんだろ」
振り返って桜と万理を盗み見る武下を訝しみ、
「気になるなら話し掛けてこいよ」
「そうしたいところだけど……今はオマエに用があってなー」
この後練習でも会うのに? 翔斗は益々怪しむ。
「わざわざ何だよ」
「連れないねー、せっかく桜ちゃんと仲直りできた事は褒めてやろうと思ったのに」
「いや、褒められる意味が分からん」
「おい佐久間」
脈絡もなくドスの効いた声を出す武下に、「あぁ?」と翔斗も返す。
「オマエ桜ちゃんに、手ぇ出しただろ?」
「……はぁ??」
はい? 手?
「しらばっくれんな。オマエと仲直りしてから桜ちゃん、やけにキレイになったじゃん。……いや元々可愛いけどどちらかと言えば少女っぽかったのが色香がプラスされ成熟さを増(早口)──」
「セクハラで訴えられるぞ」
翔斗は呆れ返る。
「俺が言いたいのはだな! 仲直りしろとは言ったけど手を出せとは言ってないって事だよ」
「オマエの想像力どうなってんだ……」
「吐け! 今なら一発で勘弁してやる」
と、握り拳を作る。
「アホか。そんな事してねぇよ」
相手にするのも馬鹿らしかったが変に濡れ衣を着せられても面倒だ。
「その言い分、信じ得る証拠は?」
「ない」
何だ、手を出してない証拠って。
「じゃあやっぱりオマエ──」
「妄想だ、目を覚ませ。現実に帰って来い。それか本人に聞いてみろ」
結局、最終的に面倒臭くなった。
「どうです? 足の調子は」
渡り廊下で後ろから声を掛けられ、岩鞍は振り向く。
「田城か。まぁ完全に、とはいかないが投げられない事はない。迷惑かけて悪いな」
「いや、迷惑なんて全然……でも良かったです。
「ホントとんだエースだよな。宮辺に嫌味言われまくったよ」
とか言いつつ表情は爽やかだ。
「そういえばあいつ、明後日登板だからって、『新たな宮辺伝説を作り上げる』とか燃えてましたよ」
田城は思い出して笑みを浮かべる。
「フッ、宮辺らしいな! どんな伝説作るつもりなのか楽しみだよ」
と、目を細める。
「……勝たせてあげたいですね」
「あぁ。あいつにも、一年の内に甲子園の土を踏ませてやりたい……」
下ろした手にギュッと握り拳が作られているのを、田城は静かに見つめた。
「さくタンがキレイになった?」
紙パックのコーヒー牛乳を飲みながら、万理は言った。──HRの始まるまでの僅かな時間で、武下に呼び出されていたのだ。
「そう! 万理ちゃん何かその理由知らない?」
「……なるほど? 急にコレ奢ってくれるから何かと思えば、買収されたのね?」
武下は苦笑いして、
「万理ちゃん言い方……。情報提供のお礼とでも思ってよ」
それならば、コーヒー牛乳百十円分の情報を提供してしんぜよう。万理はストローをチューッと吸うと、
「んー、確かに私もさくたんが急にキレイになった事は認識してるわ。……あ、元々あの子は可愛いけどね!」
発言が似た者同士の二人だ。
「けど、それがなんでかまでは知らない。でも……」
「でも?」
武下はブラックの缶コーヒーをグッと握り締める。
「きっとあれは、愛をも超えた情愛からくる美しさなのよっ!」
万理はドヤ顔でピッと人差し指を立てた。
「え? 情愛……?」
キョトンとする武下を横目に、
「もう! 物分かり悪いな武っち! つまり、野球部に掛ける純粋な想いが彼女をキレイにさせたのよ。たぶん!」
武下は目を瞬かせ、
「なるほど……一理あるかも。え、だとしたら俺達幸せ者?」
素直か。
「そうよ、感謝しなさい! あんなに部員想いのマネージャーを持って、負けたら承知しないんだから」
ふんす! と腰に手を当てる。
「もちろんだよ! 万理ちゃんに聞いて良かった、ありがとう!」
と、思わず万理の手を握る。
──こうして、当たらずしも遠からずな仮説が二人の間で信じ込まれるのだった。
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