第39話『熱い女』
「うお、すっげー! 外野の方まで客びっしりじゃん!」
ベンチからスタンドを眺めて、惣丞が声を漏らした。
「日曜だもんなー。うちの学校からも結構観に来てんじゃね?」
とは嶋谷。
「今日勝てばベスト16だしな! 期待してるぜ、エース様!」
ニカッと岩鞍に声を掛けると、
「毅も、今日こそホームラン頼むな!」
爽やかな面持ちで返されてしまい「うっ」と言葉に詰まる。
至って和やかそうなムードがベンチに流れているが、宮辺は一人浮かない顔をしていた。
「どうしたんだよ、そんなにぶすくれて」
翔斗が隣に腰を降ろす。
「べっつにー?」
「今日先発じゃなくて悔しいのも分かるけど、リリーフ──」
「そんな事じゃないよ」
あの先発にこだわってた宮辺が……?! 『そんな事』?!
些か驚きを隠しきれない。
宮辺はチラッと翔斗を見ると、
「佐久間には……絶対話したくない」
「はぁ?」
翔斗は眉根を寄せた。
この日の対戦校──古賀学園高校とは過去に準決勝を戦って敗れた事がある。一度敗れた相手に二度も敗北する事は、北条の伝統が許さない。
早乙女監督がゆっくりと口を開く。
「いいか、あの時つけられた二点差……今度は五倍にして返してやれ! 北条魂を見せつけろ!」
物凄い気迫から相当悔しかった事が窺える。
という事は十点差……?! 部員の誰もが内心ざわつきながらも、「おおおおおお!!」と鼓舞する。
球場全体のボルテージが高まっていくなか、三回戦が始まった。
「えー追試の結果は明日発表するので、各自担任の先生まで聞きに来るように。以上」
学年主任がたった今回収した答案用紙を几帳面に揃えながら、一言そう言うと、教卓を離れ教室から出て行った。
「っんー! やっと終わったー!」
万理は思いっきり伸びをして解放感に浸る。二週に渡って実施された追試験がようやく終了し、気持ちもホッとする。ちなみにこれで合格点をクリアしていなければ夏休み期間みっちり補習後、追々試験が待っている……。
帰ったら何しよっかなー、撮りだめといた今期のアニメでも見よっかなー♪
上機嫌で帰り支度をしていると、端の席でボーッと窓の外を眺めている男子生徒が目についた。同じクラスの
「どうしたのベッキー? 帰り支度もしないで」
まさか、試験の出来が良くなかったのかしら? 気の毒に……!
「小柳。いや、もう試合始まってるかなーとか思ったら、なんか行くのダルくて」
長谷部は野球部員である。
「それなら余計行かなきゃマズイんじゃない? 自分のチームが試合してんだから応援しないとじゃん」
「……別に良いんじゃね? 応援要員なんていっぱいいるし、自分が出るわけでもない試合観たって何の意味もねぇよ」
と、視線を再び窓の外に移す。
中学では実績のある強打者でも、高校野球とのレベルの違いに自信を無くす者も少なくはない。
万理はジッと長谷部の様子を見ると、
「あっそ、行きたくないなら行かなくて良いけど。誰もそんなウジウジした奴の応援なんていらないだろうし」
「うっせ、だいたい他の奴らだってそう思ってるよ。応援なんてバカバカしいって……本気で応援してる奴なんていねーよ」
自分でも無意識に、万理は長谷部の胸ぐらを掴んでいた。
「んなっ?!」
「アンタそれでも野球部員なの?! そのセリフ、今スタンドで応援してる人達とマネージャーの前で言ってみろ!」
まだ教室に残っていた生徒達がザワつく。
「な、何熱くなってんだよ小柳。オマエには関係ないだろ」
「……私の知ってる野球部員は、メンバーから外されたからってそんな事言わないし、前を向いて必死で仲間を応援してるんだから。アンタの下んない妄想でそれを汚すな!」
長谷部は何も返す言葉がない。
そういやこいつ、早乙女や武下と仲良かったっけ……そう気付くと同時に、万理の手が長谷部から離れる。
「予定変更」
ポツリと聞こえてきた。
「えっ?」
「早く準備してベッキー! アンタのその甘ったれた根性、球場まで送り届けてあげる!」
キッと睨み付ける万理に、何故かドキドキしてしまう長谷部だった。
試合は三回表に入っていたが、まだどちらにも点数は入っていない。北条の攻撃、打順は一番──嶋谷に返っていた。
「かっ飛ばせー! シーマー!」
スタンドの応援を背に、嶋谷のバットが一打席目では捕らえきれなかったスライダーを叩いた。打球は三遊間を抜けていき、その隙に一塁へ滑り込む。
「セーフ!」
一塁審のジャッジが響き、北条側スタンドが沸き立つ。
「っしゃー! さすがシマ先輩!」
武下がガッツポーズで喜んでいると、
「盛り上がってるわねぇ♪」
と声が聞こえてきた。
「万理ちゃん! 今日も来てくれたんだ!」
顔を向けて嬉しそうな表情を浮かべる。
出た! 小柳万理ちゃんだ!
だからなんで武下と仲良さそうなんだ……!
この子が来るとスタンドが華やぐなぁ!
またもや周りの部員達が心の中で叫びを上げる。
万理はニコッと笑って、
「おたくの部員が心の迷子になってたから届けに来たの」
「え?」武下は一瞬キョトンとすると、
「うっせーよ! 誰が迷子だ」
後ろから長谷部がやって来た。
「おぅベッキー、追試遅かったな。てか心の迷子って?」
「何でもねーよ武下。小柳の妄想」
スカした顔の長谷部を見ながら万理はニマニマする。
ふーん、と特に気にするでもなく、
「ていうか万理ちゃん、こんなに試合観に来てくれてんだから、いっその事うちのマネージャーになっちゃえば良いのに?」
よく言ってくれた武下……! 部員達が内心拍手を送ると、万理はニッコリとこう即答する。
「あームリ。熱っ苦しいの苦手なの、私」
そっかぁーと笑いながら、 長谷部のあんぐりとした顔に武下は首を傾げるのだった。
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